今回は「浪華の賑ひ」の「杉山」をご紹介します。
「杉山」って耳慣れない地名ですが、どこにあったのでしょうか?今回は、江戸時代天保年間発行の「浪華名所獨案内」から始めましょう。
大坂城「玉造口」の南東に「杉山」が描かれています。その南東には「森ノ宮」の文字が見えます。位置関係からすると、現在大阪城公園の噴水のある辺りに、かつては「杉山」があったようです。現在は、削られて平坦になっています。噴水から西へ進むと急な階段があるのがその名残です。この地図は、東が上に書かれています。
浪華名所獨案内(大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
「浪華名所獨案内」の解説書の「新おおさか漫歩(大阪商業大学刊)」によると、
≪杉山は大阪城の東側にあって、元々は算用曲輪と呼ばれた要害の地でした。名前の由来は杉の大樹が生い茂っていたことから「杉山」と云われています。このあたり一帯は丘になっていて風景がよいので、3月・4月になると多くの人が遊宴をします。 「摂津名所図会」巻之三の挿絵には、身分・性別・職業に関係なく、様々な人々が遊山を楽しむ姿が描かれています。辺りには酒や簡単な肴を用意している出店の主人の姿や稲荷の幟が見えます。ここは大人達の憩いの場だけではなく、子供達にとっても最高の遊び場です。丘になっているため、風が吹き、絶好の凧揚げ場でもあるのです。
ちなみに、この風景を題材にした歌に、
さゝかにのくもゐへ紙鳶を上る子に丁稚は尻からくり出す絲 貞旨
というのがあります。
森ノ宮から西の方には、杉の大樹の繁る杉山越しに、天下の金城(大坂城)を仰ぎ見る風光明媚の地でした。≫
とあります。
天保8年(1837)発行の天保新改攝州大坂全圖を見ると、「玉造口」の南に「算用曲輪 杉山ト云」の文字があり、山のような絵が描かれています。その周りは「玉造口御定番下屋敷」「与力」「同心」と城の守備のための武家地となっています。
天保新改攝州大坂全圖(国際日本文化研究センター蔵) |
玉造稲荷神社のホームページによると、「杉山跡」として、「江戸時代大坂城の南側に杉山と呼ばれた小高い丘があり、二月の初午では稲荷詣で帰りの遊興客でたいへん賑い、紙鳶揚げの恰好の場ともなった。当時の様子は「摂津名所図会」や「浪華の賑ひ」などで見る事が出来る。この杉山は、明治初期の大阪砲兵工廠建設の際に削り取られ跡形も無くなった。」とあります。
それでは、「浪華の賑ひ」の「杉山」では、どのように描かれているか、見てみましょう。
■杉山
梅匂ひ、桜さくころより、都下の老若ここに来りて弁当をひらき、竹筒(ささえ)をかたむけ、諷(うた)ふあり、踊るあり、煎茶をたのしむ老人、凧(いか)のぼす小児、春草をつむ婦女子など、おもひおもひに遊興して、紅日西にかたむくををしめり。
浪華の賑ひ「杉山」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
「浪華の賑ひ」の本文には「杉山」として以下のように記載されています。
森の宮の上の方に有り
この地は金城の巽の方にして杉の大樹繁りし山なり。四面の眺望殊更に風景よきゆゑ、春暖の頃は浪華の貴賤ここに来たって遊宴す。別て衣更着(きさらぎ)初午の日は、老若群れ集ひて最(いと)にぎはし。
次に、摂津名所図会の「初午ノ日 杉山群聚」を見てみましょう。
「夫木集」に光俊の歌に「二月やけふ初午のしるしとていなりの杉はもとつ葉もなし」と詠みしは稲荷の神木ならん。今難波の杉山に初午の日ここに遊ぶはこの縁(もと)によるならんかし。
本文には、「杉山 鵲の杜の上方にあり。この地風景よく、春暖の頃、浪華の貴賤ここに来って遊宴す。」とあります。
摂津名所図会「初午ノ日 杉山群聚」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
明治以降の地形図ではどうなっているか? 明治19年の陸地測量部地図を見てみましょう。
大阪城の玉造口(大阪鎮台の文字の南側)から南に出たところに、広場上の丘があり、東に向かって等高線の幅が狭くなり、急な坂になっていたことがわかります。斜面には紅葉樹が生え茂っています。
明治19年の陸地測量部地図 (国際日本文化研究センター蔵) |
大正13年発行の大阪市パノラマ地図を見ると、現在の大阪環状線に当たる城東線(省線)には、森ノ宮駅はなく、砲兵工廠への分岐線があります。
猫間川を挟んで東側は「練兵場」、西側は砲兵工廠があり、西南には「射撃場」の文字が見えます。城の中および周辺は、砲兵工廠など陸軍関係の施設がびっしりと並んでいました。玉造口から南に出ると射撃場横への通路を残して、かつての丘が削り取られ、建物が並んでいます。
大阪市パノラマ地図(大阪くらしの今昔館蔵) |
昭和12年発行の大大阪観光地図を見ると、本町通を東西に市電が通り、「馬場町」「森ノ宮西町」「森ノ宮東町」の電停があります。玉造筋にはまだ市電が通っていません。
森ノ宮西町の北に玉造口がありますが、昭和6年に再建された大阪城天守閣の挿絵が大きく描かれているために、「玉造口」の「玉」の文字が隠れてしまっています。その右手、現在大阪城公園の噴水がある辺りには、「杉山町」の文字があります。かつてここに「杉山」があったことが、町名として残っています。
大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵) |
今昔マップ3を利用して、周辺地域の変遷を見てみます。
左上の明治41年では、大阪城の中は陸軍関係の施設で、城東線の西には砲兵工廠の建物がびっしりと建ち、城東線の東は練兵場となっています。城の南はびっしりと市街地になっていますが、城東線の東側は田畑が並んでいます。森ノ宮駅はまだありません。
右上の昭和4年も、同様に陸軍関係の施設となっています。城の南に東西に市電が通っています。市電の終点の所に「もりのみや」の文字があります。
左下の昭和22年を見ると、白くなっている部分が戦災によって焼失した地域で、城の中および周辺は大きな被害を受けています。玉造筋にも市電が通り、城東線に「もりのみや」駅ができています。
右下の平成7年では、本町通の南に中央大通りが開通し、中央大通りの南に「日生球場」の文字があります。市電は、東西、南北ともに廃止されています。砲兵工廠の跡地に大阪城公園が整備されています。大阪城公園駅ができ、環状線の東側の砲兵工廠跡地は、地下鉄やJRの電車の車庫や住宅団地などになっています。
明治41年から平成7年の地形図 (今昔マップ3より) |
国土地理院地図の色別標高図をみてみましょう。大阪城が上町台地の北端に位置していることがよくわかります。
図の中央「+」の右側に、直線的に削り取られた急な斜面が見えます。杉山が人工的に削られ軍用地として使用された痕跡が残っています。
国土地理院の色別標高図 |
大阪城公園の案内地図です。
玉造口の辺りを拡大して見ましょう。玉造口から南へ出たところの薄いグレーの部分は地盤が高く、それに対して、右手の黄緑の部分は低くなっています。ピース大阪は高いところにあり、大阪城音楽堂、大阪城パークセンター、公園事務所は低い位置に建っています。グレーと黄緑の間には急な階段があり、段差を示す注意記号が表示されています。
現在の様子を写真で見てみましょう。
大阪城公園の入口 (3-B出口を出たところ) |
市民の森の噴水、後方に天守閣 |
この広場のそばに「杉山町」の地名顕彰碑があります。(2023年8月31日追記)
公園事務所 |
大阪城パークセンター |
大阪城音楽堂 |
音楽堂の東側の急な石段 |
市民の森から玉造口への石段 |
斜面中段の通路 |
ピース大阪、後方(右手)には急な斜面がある |
今回は、「浪華の賑ひ」の「杉山」をご紹介しました。今昔館8階展示室の床面には大きく拡大した「大阪市パノラマ地図」がありますので、大正時代の大阪城付近の様子を確かめてください。
〇企画展「大大阪時代に咲いたレトロモダンな着物たち~北前船(きたまえぶね)船主・大家(おおいえ)家のファッション図鑑~」開催中です
2019年7月24日(水)~9月1日(日)
江戸時代後期から昭和戦前期まで、北前船の船主として(明治中期以降は汽船会社を経営)繁栄した大家七兵衛家には祖母・母・娘へと3代にわたって引き継がれた大正・昭和期の着物が数多く残されています。この貴重な着物類が、大阪くらしの今昔館に寄贈されたのを機に、展示公開する運びとなりました。
これらは船主ならではのイベント、進水式で着用された振袖をはじめ、留袖や訪問着などの礼装、小紋のおしゃれ着、銘仙の普段着のほか、お宮詣りや七五三、十三詣りの子供用の晴れ着など多岐にわたっています。華やかで大胆な柄、洗練された幾何学模様、斬新な色使いに、大正ロマン・昭和モダンの時代の雰囲気を感じることができます。
〇今週のイベント・ワークショップ
7月31日(水)~8月3日(土)、5日(月)、7日(水)~10日(土)
町家ツアー
住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。
当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
時 間:①11:30~、②14:30~
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
8月4日(日)、11日(日)、12日(月・祝)
町家衆イベント 町家ツアー
江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00
8月2日(金)
ワークショップ 『つまみ細工でストラップを作ろう』
13時30分~15時00分
当日先着20名、参加費300円
*当日12時より8階インフォメーションで参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆
8月4日(日)
町家衆イベント 町の解説
江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00-16:00
8月7日(水)
イベント 町家寄席-落語
江戸時代にタイムスリップ!大坂の町家で、落語をきいてみませんか
出演:桂出丸 他
14時~15時
8月9日(金)
ワークショップ 『手ぬぐいで作るポケットティッシュカバー』
13時30分~15時00分
当日先着20名、参加費200円
*当日12時より8階インフォメーションで参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆
8月10日(土)、11日(日)
イベント 今昔館で夏祭り ― 楽市町家 ―
町家の店先で、手作りの玩具や、かわいい和風雑貨を販売します。
13時~16時
8月11日(日)
町家衆イベント おじゃみ(有料)
古布を四角く切って縫い合わせて作るおじゃみ(お手玉)。
作り方をていねいにお教えします。
開催日:第2日曜
時 間:14:00-16:00
そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。
大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html
「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html
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