2018年7月17日火曜日

今週の今昔館(120) 天神祭 20180717

 来週7月25日は大阪を代表する夏祭である天神祭の本宮です。そこで、今週と来週の2回にわたって天神祭を特集します。今週は、浪花百景のうち天神祭に関わりの深い「戎嶋天満宮御旅所」、「天神祭り夕景」、「天満天神地車宮入」の3枚を改めてご紹介させていただきます。

■戎嶋天満宮御旅所(国員画)
 まずは、「戎嶋天満宮御旅所」。天神祭宵宮に行われる鉾流神事は、水辺を禊の場として行う厄除け神事で、天神祭の中でも重要な祭事です。もとは神鉾が流れ着いた場所に祭場を設け、御神霊を移し御旅所としました。翌日氏子たちが船を仕立てて奉還を行うのが船渡御です。
 木津川を挟んだ江之子島の対岸、現在の本田小学校付近をかつて戎島といい、岸に面して大坂天満宮の御旅所がありました。江戸時代、旧暦6月25日に行われていた天神祭の船渡御神事では、祭礼では太鼓船(どんどこ船)を先頭に、神楽船などの渡御が進みます。趣向を凝らした御迎人形を掲げた船は、芸能の町大坂らしい。木津川を下った船が夜8時ごろこの地に到着し、周囲は人形を飾りつけた御迎船や多数の見物客で賑わいました。
 この御旅所は風水害の被害により明治8年(1875)ここより南の松島に移転し、跡地には華僑の商館が建ち並びました。

浪花百景「戎嶋天満宮御旅所」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

■天神祭り夕景(国員画)

 2枚目は「天神祭り夕景」。天神橋は天満宮への参詣にあたる道に架けられた橋であるところから名付けられました。三大橋のなかで最も長い橋で、17世紀中ごろは、大川には淀川と大和川の水が入り川幅が広く、最長時には百三十七間(約250m)あったといわれます。
 また、天保8年(1837)の大塩平八郎の乱の折りには、天満橋とともに幕府の手で一部が撤去されています。町にとってのこの橋の重要性が見てとれます。明治18年(1885)に流失後、明治21年(1888)にトラス構造の鉄橋となりました。現存の橋は昭和9年(1934)に改築されたアーチ式の鉄橋です。

 天神祭は大阪の夏を彩る大祭。天暦5年(951)に神鉾を流して、流れ着いたところを斎場とし心霊を禊したのが始まりといわれる天神祭。船渡御は著名で、神輿が難波橋から船に乗り楽を奏して戎島の御旅所まで往復しました。地盤沈下の影響で昭和28年(1953)からは大川を遡行することになりました。

浪花百景「天神祭の夕景」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

■天満天神地車宮入(芳瀧画)
 最後は、祭のクライマックスの「天満天神地車宮入」。大阪の祭りといえば天神祭。大坂天満宮が天暦3年(949)菅原道真を主祭として創始してから2年後には鉾流し神事が始まりました。三大市場を氏子に抱えた天満宮は経済的にも支えられ、祭りも盛大でした。
 陸渡御の主役は地車(だんじり)、鉦や太鼓の地車囃子が賑々しく奏でられる中、氏地曳航と宮入りが威勢よく行われました。氏地の町々や市場、職人・商人集団が奉納した地車は、安永9年(1780)には84基を数えましたが、幕末頃から衰え、明治29年(1896)には最後に残った一台が天満青物市場から奉納されました。以降は、天満宮境内に飾り付けられたこの「三ツ屋根地車」の上で地車講によって地車囃子の奉納が続けられています。

浪花百景「天満天神地車宮入」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

 錦絵の解説は、関西学院大学博物館「浪花百景ー大坂名所案内ー」、大阪城天守閣「特別展浪花百景ーいま・むかしー」を参考にさせていただきました。

 7月に入って天神橋筋商店街もすでにお祭りモードに入っています。大阪くらしの今昔館も夏祭りの飾りの展示になっています。
 今昔館の展示を見てから天神祭の陸渡御、船渡御に行っていただくと、一層実りの多い天神祭見物になることでしょう。

大阪くらしの今昔館の「夏祭りの飾り」
(公式ガイドブック「逍遥指南書」より)


〇次回の企画展示は、大阪市中央公会堂開館100周年記念
 特別展「大大阪モダニズム ― 片岡安の仕事と都市の文化―」です。


会期:平成30年7月21日(土)~9月2日(日)
開館時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)

会期中の休館日:毎週火曜日【7月24日(火・祝)は開館】

 大正14年(1925)、大阪市は市域拡張によって面積・人口ともに東京市を抜き日本第一の都市となり、当時世界第6位の大都市「大大阪」が誕生しました。御堂筋の建設や公営地下鉄の開通、築港整備などが進み、また大阪市中央公会堂、大阪商科大学(現大阪市立大学)、大阪城天守閣、大阪市立美術館などの教育文化施設が誕生しました。次々と都市計画が実現する中、機能性を重視した「モダニズム建築」が現れ、大衆文化にもアールデコ風の新しいデザインが取り入れられます。

 今年は、大阪市中央公会堂が開館して100年の節目の年になります。そこで、大大阪時代の幕明けを告げるこの名建築の実施設計を手掛け、大阪の都市計画を指導した建築家・都市計画家の片岡 安の仕事を通して、大大阪時代の建築群と都市景観を展望します。また大大阪時代の都市美を描いた絵画を紹介し、大大阪モダニズムとも呼べるこの時代の美術・文化を再評価します。

 本展覧会は、片岡安が初代校長を務めた常翔学園(その前身である関西工學専修學校)の常翔歴史館と、大阪の建築文化の専門博物館でもある大阪市立住まいのミュージアム(大阪くらしの今昔館)の主催により開催します。

「大阪市公会堂新築設計図 透視図」
(岡田信一郎案)大阪市蔵
小出楢重《市街風景(街景)》個人蔵
川瀬巴水《大阪道頓堀の朝》
大阪市新美術館準備室蔵
「大阪の三越」個人蔵


〇大正イマジュリィ学会公開シンポジウム 第43回研究会 大阪イマジュリィをもとめてⅢ「ヴィジュアルから切る”大大阪”-アート・博覧会・マスメディアー」

日 時:平成30年7月29日(日)13:00~16:00
会 場:住まい情報センター 3階ホール
参加費:無料

“イマジュリィ”はフランス語でイメージ図像を指し、挿絵・ポスター・絵はがき・広告・漫画・写真など大衆的な図像の総称です。本学会は“イマジュリィ”を対象に、日本の視覚文化上、重要な大正時代を中心とする二十世紀初頭をクロース・アップします。

特別展「大大阪モダニズム ― 片岡安の仕事と都市の文化―」関連イベントで、朝日新聞に「大大阪君の顔」を連載した漫画家・岡本一平や、天王寺公園で開催された大大阪記念博覧会、池田遥邨《雨の大阪》など絵画、そしてメディアはいかに「大大阪」を発信するかをとりあげ、街も人もダイナミックな、この時代の大阪についてディスカッションします。

詳しくはこちらからどうぞ。
https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/33208




〇今週のイベント・ワークショップ

 ※本日17日火曜日は休館日です。来週24日火曜日は天神祭に合わせて開館します。


7月18日(水)~21日(土)、23日(月)~28日(土)
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。
当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
時 間:①11:30~、②14:30~
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)

7月22日(日)、29日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00

7月21日(土)
町家衆イベント ワークショップ 『風鈴を作ろう』

①13時30分 ②14時30分
当日先着10名、参加費300円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

7月22日(日)
町家衆イベント 絵本で楽しい時間

むかし話などの絵本を表情豊かに読み聞かせます。
じっくりとお聞きください。
開催日: 第4日曜
時 間:14:30~15:00

7月28日(土)、29日(日)
ワークショップ 大阪欄間を彫ろう

伝統的な手づくりの味「大坂欄間」。
大阪欄間の説明、伝統工芸士によるミニ欄間作りの指導を行います。
時 間 ①12時30分~14時 ②15時~16時30分
対 象 18歳以上、各回15名
材料費 A1000円、B2000円、C2500円の3コースから選択
(B・Cは難易度高、数量限定。別途入館料必要。)
申 込 往復はがきに(FAXも可)、住所・氏名・年齢・電話番号・希望日時・希望コースをご記入の上、
    〒566-0052
    大阪府摂津市鳥飼本町1-4-26サンハイツ西本101号
             大阪欄間工芸協同組合宛
     (FAXの場合、072-646-8471)
締 切 7月13日(金)必着(多数申込の場合は抽選)
問合せ 072-646-8470(大阪欄間工芸協同組合)


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「今週の今昔館」は第1回から第52回までは、大阪市立住まい情報センターの住まい・まちづくり・ネット「スタッフのつぶやき」に掲載されています。
「今週の今昔館」第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/04/blog-post.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse



2018年7月10日火曜日

今週の今昔館(119) しりなし漆づつみ甚兵衛の小屋 20180710

 このたびの西日本豪雨災害において、亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた方々に対し、心よりお見舞いを申し上げます。

〇浪花百景に見る江戸時代の大坂(27)


 「浪花百景に見る江戸時代の大坂」の27回目は、「しりなし漆づつみ甚兵衛の小屋」をご紹介します。

■しりなし漆づつみ甚兵衛の小屋(芳雪画)
 元禄年間(1688~1703)以降、幕府は新田開発を奨励、木津川から分岐する尻無川流域も三軒村、恩加島など大阪湾に向かって土地が拓かれ、堤防も整えられました。尻無川河口付近南側の泉尾新田は元禄15年(1702)に開墾され、開発者の出身地和泉踞尾(つくお)村にちなんで泉尾と名付けられました。
 この新田水害から守るために築かれたのが漆堤(うるしづつみ)で、堤防上に植えられた数千本の櫨(はぜ)の木(漆科・蝋を取る)が植えられ、並木の紅葉は尻無川のしじみ採りとともに有名になり、付近は町人たちの行楽地となりました。河口近くには渡し守りの甚兵衛の小屋があり、蜆汁などを商っていました。
 現在は工場化と護岸工事によってすっかり姿を変えてしまいましたが、今も尻無川下流の渡川手段として甚兵衛渡船が活躍しています。

 大阪市建設局のホームページによると、
≪昔、尻無川の堤は紅葉の名所でした。「摂津名所図会大成」に『大河の支流にして江之子じまの北より西南に流れて、寺島の西を入る後世この河の両堤に黄櫨の木を数千株うえ列ねて実をとりて蝋に製するの益とす されば紅葉の時節にいたりては河の両岸一圓の紅にして川の面に映じて風景斜ならず 騒人墨客うちむれて風流をたのしみ酒宴に興じて常にあらざる賑ひなり 河下に甚兵衛の小屋とて茶店あり年久しき茅屋にして世に名高し』とあり、甚兵衛によって設けられた渡しにある茶店は「蛤小屋」と呼ばれて名物の蜆、蛤を賞味する人が絶えなかったといわれます。
 現在も甚兵衛渡船場は健在で、大正区泉尾七丁目と港区福崎一丁目を結び(岸壁間94メートル)、朝のラッシュ時は2隻の船が運航しています。平成29年度現在1日平均約1,189人が利用しています。≫とあります。


浪花百景「しりなし漆づつみ甚兵衛の小屋」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)


 この地図は3回目の登場となりますが、今回は見るところが違います。尻無川の川口をご覧ください。「唐人澪ト云」の文字があります。「尻無川」の文字の左下には「ワタシ」の表示があります。甚兵衛の渡です。その右側の黄色の表示は御舟蔵です。

大阪安治川口細見
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

 大阪あそ歩のコースのひとつに「朝鮮通信使も通った唐人澪」があります。
 まち歩きマップによると、
≪江戸時代、尻無川は商都・大坂の玄関口として発展しました。春は潮干狩り、秋は櫨(はぜ)の紅葉などで賑わい、「浪花百景」や「摂津名所図会」にも記されるほど大坂庶民の遊興の地として有名でした。また秀吉の朝鮮出兵で国交が断絶していた朝鮮との交流が幕府の努力によって再開されると、尻無川は「唐人澪(とうじんみお)」と呼ばれ、華やかな国際交流の舞台となり、平和への玄関口ともなりました。≫ とあります。マップの左上には朝鮮通信使の御座船の絵も描かれています。

大阪あそ歩「朝鮮通信使も通った唐人澪」の
まち歩きマップ

 江戸時代天保年間発行の「浪華名所獨案内」の尻無川河口付近を見ると、左手(北側)に「目印山天保山トモ云」と書かれた山の姿があり、右手(南側)には、「勘介嶋」「泉尾新田」「三軒家」「御番所」があります。この地図は、東が上になっています。

浪華名所獨案内(「津の清」蔵)

 次に、天保8年(1837)発行の天保新改攝州大坂全圖を見てみましょう。尻無川をさかのぼると、入江状の水面を挟んで、「御舟蔵」と「岩崎新田」の文字があります。

天保新改攝州大坂全圖(国際日本文化研究センター蔵)

 文化3年(1806)発行の増修改正摂州大阪地図では、もう少し詳しい情報があります。尻無川の北側には「市岡新田」があり、川の傍には「安永六年丁酉市岡新開」の文字があります。その横に「長右衛門ワタシ」があります。甚兵衛渡の別名でしょうか?北岸には「龍王神」があります。入江を挟んで「御舟蔵」と「岩崎新田」があるのは、天保の地図と同様です。

増修改正摂州大阪地図(ラムゼイコレクションより)

 大正13年発行の大阪市パノラマ地図では、尻無川の両岸には多くの工場が描かれています。水面にはたくさんの船があり、川が水運の役割を果たしていました。雲のかかっているあたりに渡し舟の絵があります。「なかの渡」の文字があります。上流の尻無川と岩崎運河が分岐するところには、「はぜの渡」が描かれています。岩崎町にはガスタンクが、境川には発電所が描かれています。市電が網の目のように走り、「臨港鐡道線」と書かれた貨物線も描かれています。
市電と水運が当時の主要交通手段であったことがよくわかります。

大阪市パノラマ地図(大阪くらしの今昔館蔵)

 昭和12年発行の大大阪観光地図を見ると、尻無川には下流側から順に「福崎渡」「甚平渡」「中の渡」があり、北恩加島の入江の入口に「恩加島橋」が架かっています。港区側、大正区側の両方に市電が通り、尻無川の北岸にはバスも走っています。貨物線には「大阪水陸連絡線」の文字があり、浪速貨物駅が描かれています。大正区の小林、千島あたりには多くの水面が描かれており、木場となっていました。現在の地形とは大きく違っています。

大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵)

 明治18年陸地測量部地図です。尻無川の両岸に干拓によって新田が開発された様子がよくわかります。

明治18年陸地測量部地図
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)
 今昔マップ3を利用して、地形図の変遷を見てみます。
 左上の明治42年では、尻無川の両岸は、ほとんどが新田開発された田畑となっています。
 右上の昭和7年では、工場用地として土地の造成が進み多くの運河が掘られています。当時の輸送は水運でした。港通と大正通に市電が通り、貨物線も通っています。
 左下の昭和22年では、白い部分が戦災で焼失した地域で、このあたりは大きな被害があったことがわかります。
 右下の昭和42年を見ると、市街地の復興が進み、川沿いは工場地帯に、内陸部は住宅市街地になっています。大正内港(千歳湾)が掘られ、鶴町と北恩加島の間に大きな湾口ができています。

明治42年~昭和42年の地形図(今昔マップ3より)

 今回は、「浪花百景」の「しりなし漆づつみ甚兵衛の小屋」をご紹介し、周辺地域の変遷を見てきました。今昔館8階展示室床面には大きく拡大した「大阪市パノラマ地図」がありますので、昔の地図、現代の地図と見比べながらお楽しみください。
 錦絵の解説は、関西学院大学博物館「浪花百景ー大坂名所案内ー」、大阪城天守閣「特別展浪花百景ーいま・むかしー」を参考にさせていただきました。


〇企画展「商都慕情 -今昔館の宝箱-」は終了しました。


〇次回の企画展示は、大阪市中央公会堂開館100周年記念
 特別展「大大阪モダニズム ― 片岡安の仕事と都市の文化―」です。


会期:平成30年7月21日(土)~9月2日(日)
開館時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)

会期中の休館日:毎週火曜日【7月24日(火・祝)は開館】

 大正14年(1925)、大阪市は市域拡張によって面積・人口ともに東京市を抜き日本第一の都市となり、当時世界第6位の大都市「大大阪」が誕生しました。御堂筋の建設や公営地下鉄の開通、築港整備などが進み、また大阪市中央公会堂、大阪商科大学(現大阪市立大学)、大阪城天守閣、大阪市立美術館などの教育文化施設が誕生しました。次々と都市計画が実現する中、機能性を重視した「モダニズム建築」が現れ、大衆文化にもアールデコ風の新しいデザインが取り入れられます。

 今年は、大阪市中央公会堂が開館して100年の節目の年になります。そこで、大大阪時代の幕明けを告げるこの名建築の実施設計を手掛け、大阪の都市計画を指導した建築家・都市計画家の片岡 安の仕事を通して、大大阪時代の建築群と都市景観を展望します。また大大阪時代の都市美を描いた絵画を紹介し、大大阪モダニズムとも呼べるこの時代の美術・文化を再評価します。

 本展覧会は、片岡安が初代校長を務めた常翔学園(その前身である関西工學専修學校)の常翔歴史館と、大阪の建築文化の専門博物館でもある大阪市立住まいのミュージアム(大阪くらしの今昔館)の主催により開催します。

「大阪市公会堂新築設計図 透視図」
(岡田信一郎案)大阪市蔵
小出楢重《市街風景(街景)》個人蔵
川瀬巴水《大阪道頓堀の朝》
大阪市新美術館準備室蔵
「大阪の三越」個人蔵


〇大正イマジュリィ学会公開シンポジウム 第43回研究会 大阪イマジュリィをもとめてⅢ「ヴィジュアルから切る”大大阪”-アート・博覧会・マスメディアー」

日 時:平成30年7月29日(日)13:00~16:00(受付は12:30から)
会 場:住まい情報センター 3階ホール
参加費:無料

“イマジュリィ”はフランス語でイメージ図像を指し、挿絵・ポスター・絵はがき・広告・漫画・写真など大衆的な図像の総称です。本学会は“イマジュリィ”を対象に、日本の視覚文化上、重要な大正時代を中心とする二十世紀初頭をクロース・アップします。

特別展「大大阪モダニズム ― 片岡安の仕事と都市の文化―」関連イベントで、朝日新聞に「大大阪君の顔」を連載した漫画家・岡本一平や、天王寺公園で開催された大大阪記念博覧会、池田遥邨《雨の大阪》など絵画、そしてメディアはいかに「大大阪」を発信するかをとりあげ、街も人もダイナミックな、この時代の大阪についてディスカッションします。

詳しくはこちらからどうぞ。
https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/33208




〇今週のイベント・ワークショップ

 ※本日(火曜日)は休館日です。


7月11日(水)~14日(土)、18日(水)~21日(土)
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。
当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
時 間:①11:30~、②14:30~
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)

7月15日(日)、16日(月・祝)、22日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00

7月14日(土)
町家衆イベント ワークショップ『ミニすだれを作ろう』

①13時30分 ②14時30分
当日先着各回10名、参加費200円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

7月15日(日)
イベント 町家でお茶会

町家の座敷で「ほっと一息」一服いかがですか
先着順50名、茶菓代300円
※当日12時より8階受付でお茶券を販売します
協力:大阪市役所茶道部
13時~15時

町家衆イベント 今昔語り
大阪に残る昔ばなしを、町家の座敷でお聞かせします。
あたたかくなつかしい風情をお楽しみください。
開催日:お茶会と同日
時 間:14:30-15:00

町家衆イベント 町の解説
江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00-16:00

町家衆イベント 連鶴
折鶴がいくつもつながった連鶴。
一枚の紙から折るところに特色があります。
開催日:奇数月の第3日曜
時 間:13:30~初心者向け
    14:30~中級者以上向け

7月21日(土)
町家衆イベント ワークショップ 『風鈴を作ろう』

①13時30分 ②14時30分
当日先着10名、参加費300円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

7月22日(日)
町家衆イベント 絵本で楽しい時間

むかし話などの絵本を表情豊かに読み聞かせます。
じっくりとお聞きください。
開催日: 第4日曜
時 間:14:30~15:00


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「今週の今昔館」は第1回から第52回までは、大阪市立住まい情報センターの住まい・まちづくり・ネット「スタッフのつぶやき」に掲載されています。
「今週の今昔館」第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/04/blog-post.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse



2018年7月3日火曜日

今週の今昔館(118) 天保山 20180703

〇浪花百景に見る江戸時代の大坂(26)

 「浪花百景に見る江戸時代の大坂」の26回目は、天保山をご紹介します。目印山とも呼ばれていました。

■天保山(芳雪画)
 天保山は天保2年(1831)から翌年にかけて、安治川河口部に堆積した土砂を取り除くために大規模な浚渫工事が行われた際、土砂が積み上げられてできた山で、高灯籠も備え、出入船の目印となったことから目印山とも呼ばれました。現在では、ウォーターフロント開発のメッカとして親しまれていますが、往時は山上や水辺からの眺めが抜群で、桜が植えられたり、茶店や灯籠、桟敷が設けられたりと、大坂近郊の行楽地として非常な人気を呼びました。幕末、ロシア艦船が沖合に姿を見せると、幕府は天保山を平らにし、砲台を築造して対応しています。錦絵手前に大胆に描かれているのは河口の航路標識「澪標(みおつくし)」で、現在の大阪市章の原形です。

浪花百景「天保山」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

 江戸時代初期までの淀川河口部は洪水がたびたび起こり、上流からの土砂が堆積して舟運にも不便をきたすことが多くありました。このため、貞享元(1684)年に幕府の命により、河村瑞賢が九条島を分断して淀川の流れを直線化し、安治川を開削しました。そのときの土砂が積み上げられて、随見(瑞賢)山(異称、波除山)ができました。また、天保2(1831)年に行われた安治川の浚渫工事「御救大浚」の際にできたのが「天保山」です。天保末期に刊行されたと推定される古地図「大阪安治川口細見」には、安治川河口付近に「ズイケン山」「天保山」が見られます。また、天保山より沖に向かって、現在の大阪市章と同じ形をした「澪標(みおつくし)」が描かれています。

大阪安治川口細見
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

 天保山の風景は当時有数の名所であったため、多くの名所画に描かれています。山と桜、高灯籠、船が大きく描かれている画が多い中、澪標を大きく描いた浪花百景はユニークな構図と言えるでしょう。

諸國名所百景「大坂天保山」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)
大阪安治川天保山風景
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)
天保山諸國名橋竒覧「摂州阿治川口天保山」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)
本朝名所「大坂天保山」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)
浪花名所之内「天保山」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

 江戸時代天保年間発行の「浪華名所獨案内」の安治川河口付近を見ると、「目印山 天保山トモ云」とあり、山の姿が大きく描かれています。この地図は、東が上になっています。

浪華名所獨案内(「津の清」蔵)

 文化3年(1806)発行の増修改正摂州大阪地図には、波除山付近の新田開発の様子が池山新田、木屋新田、湊屋新田、石田新田などが詳しく描かれていますが、天保山はありません。天保2年の川浚えでできた山ですので当然です。 

増修改正摂州大阪地図(ラムゼイコレクションより)

 次に、天保8年(1837)発行の天保新改攝州大坂全圖を見てみると、地図の左端が「波除山」で、天保山は地図の範囲に含まれていません。

天保新改攝州大坂全圖(国際日本文化研究センター蔵)

 大正13年発行の大阪市パノラマ地図では、天保山桟橋が描かれ、市電の「天保山桟橋前」停留所があります。測候所の傍に樹木が描かれていますが、天保山そのものの表示はありません。市電は、大桟橋の手前の「築港」停留所から「天保山桟橋前」を経由して、三条通に戻るループになっていたことが分かります。桟橋には大きな船が多く描かれ、大阪港の繁栄がうまく描かれています。

大阪市パノラマ地図(大阪くらしの今昔館蔵)

 昭和12年発行の大大阪観光地図を見ると、「天保山」と「天保山桟橋」が観光名所の表示である赤い丸囲みで描かれています。天保山には「M」の記号と憲兵分隊、陸軍糧秣支廠(りょうまつししょう)の文字があり、このあたりが軍により使用されていたことが分かります。

大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵)

 明治18年発行の陸地測量部地図「天保山」を見ると、干拓によって新田が開発された様子がよくわかります。安治川河口部に星型に埋め立てられた天保山が描かれています。

明治18年陸地測量部地図(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

 今昔マップ3を利用して、地形図の変遷を見てみます。
 左上の明治42年では、天保山の西と南に築港が埋め立てられ、中央の三条通を市電が走っています。天保山、天保町の文字が見えます。建物は市電に沿ってわずかに建っています。
 右上の昭和7年では、築港と八幡屋の市街地化が進み港通と安治川沿いの道に市電が走っています。天保山と天保町の文字も見えます。
 左下の昭和30年では、白い部分が戦災で焼失した地域で、築港・八幡屋付近は大きな被害があったことがわかります。
 右下の昭和42年を見ると、市電はすべて廃止され、地下鉄中央線が港通りを走っています。海岸線に沿って貨物線が通り、鉄道運輸が盛んだったことがわかります。戦災復興区画整理によって、街区の整備が行われ、安治川河口部が拡げられ、天保山運河もできています。

明治42年~昭和42年の地形図(今昔マップ3より)

 最後に、明治42年地形図と最新の国土地理院地図を比較してみましょう。安治川の川幅が大きく拡げられ、阪神高速道路湾岸線と天保山ジャンクションができています。安治川の北岸にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンがあります。
新田開発から、工場用地に転用され、その跡地がテーマパークになりました。

明治42年地形図と最新の国土地理院地図
(今昔マップ3より)


 今回は、「浪花百景」の天保山をご紹介し、周辺地域の変遷を見てきました。今昔館8階展示室床面には大きく拡大した「大阪市パノラマ地図」がありますので、昔の地図、現代の地図と見比べながらお楽しみください。
 錦絵の解説は、関西学院大学博物館「浪花百景ー大坂名所案内ー」、大阪城天守閣「特別展浪花百景ーいま・むかしー」を参考にさせていただきました。


〇企画展「商都慕情 -今昔館の宝箱-」開催中です。7月8日までです。

会期:2018年6月16日(土)~7月8日(日)
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
休館日:毎週火曜日

 「天下の台所」と称された大阪には諸国の物産が集積し、商人は富み栄え、豊かな暮らしを背景に芸術・文化が開花しました。また、「水の都」とも称された大阪は市中に堀川が発達し、多くの橋がかけられました。三大橋と呼ばれた「天満橋」「天神橋」「難波橋」、町人が維持管理した町橋など多種多様な橋があり、魅力ある都市景観を作り出していました。

 大阪くらしの今昔館が所蔵する美術品の中には、大阪の景観や、年中行事など、人々の暮らしぶりを描いた絵画が残されています。例えば、「浪花下村店繁栄之図」(佐藤保大筆)は幕末期の松屋(現在の大丸)の店構えと賑わいが、「浪花天神橋図」(菅楯彦筆)には天神橋の上で武家の子ども連れと、天神旗を持った行商人の家族などが行き交う様子などが描かれています。さらに花見や月見など季節の行楽、寺社への参拝、年中行事や祭礼など、古きよき大阪の魅力あふれる街の様子や暮らしぶりを掛軸・絵巻・屏風などの絵画作品を通してご覧ください。
詳しくはこちらからどうぞ。
浪花下村店繁栄之図 佐藤 保大
浪花天神橋図 菅 楯彦
「葉月 四ツ橋夕涼」浪花風景十二月より 二代貞信


〇次回の企画展示は、大阪市中央公会堂開館100周年記念  特別展
「大大阪モダニズム ― 片岡安の仕事と都市の文化―」です。


会期:平成30年7月21日(土)~9月2日(日)
開館時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)
会期中の休館日:毎週火曜日【7月24日(火・祝)は開館】

 大正14年(1925)、大阪市は市域拡張によって面積・人口ともに東京市を抜き日本第一の都市となり、当時世界第6位の大都市「大大阪」が誕生しました。御堂筋の建設や公営地下鉄の開通、築港整備などが進み、また大阪市中央公会堂、大阪商科大学(現大阪市立大学)、大阪城天守閣、大阪市立美術館などの教育文化施設が誕生しました。次々と都市計画が実現する中、機能性を重視した「モダニズム建築」が現れ、大衆文化にもアールデコ風の新しいデザインが取り入れられます。

 今年は、大阪市中央公会堂が開館して100年の節目の年になります。そこで、大大阪時代の幕明けを告げるこの名建築の実施設計を手掛け、大阪の都市計画を指導した建築家・都市計画家の片岡 安の仕事を通して、大大阪時代の建築群と都市景観を展望します。また大大阪時代の都市美を描いた絵画を紹介し、大大阪モダニズムとも呼べるこの時代の美術・文化を再評価します。

 本展覧会は、片岡安が初代校長を務めた常翔学園(その前身である関西工學専修學校)の常翔歴史館と、大阪の建築文化の専門博物館でもある大阪市立住まいのミュージアム(大阪くらしの今昔館)の主催により開催します。

「大阪市公会堂新築設計図 透視図」
(岡田信一郎案)大阪市蔵
小出楢重《市街風景(街景)》個人蔵
川瀬巴水《大阪道頓堀の朝》
大阪市新美術館準備室蔵
「大阪の三越」個人蔵


〇大正イマジュリィ学会公開シンポジウム 第43回研究会 大阪イマジュリィをもとめてⅢ「ヴィジュアルから切る”大大阪”-アート・博覧会・マスメディアー」

“イマジュリィ”はフランス語でイメージ図像を指し、挿絵・ポスター・絵はがき・広告・漫画・写真など大衆的な図像の総称です。本学会は“イマジュリィ”を対象に、日本の視覚文化上、重要な大正時代を中心とする二十世紀初頭をクロース・アップします。
詳しくはこちらからどうぞ。
https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/33208




〇今週のイベント・ワークショップ

 ※本日(火曜日)は休館日です。


7月4日(水)~7日(土)、9日(月)、11日(水)~14日(土)
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。
当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
時 間:①11:30~、②14:30~
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)

7月8日(日)、15日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00

7月8日(日)
イベント 町家寄席-落語

江戸時代にタイムスリップ!大坂の町家で、落語をきいてみませんか
出演:桂出丸、月亭遊真
14時~15時

町家衆イベント おじゃみ(有料)
古布を四角く切って縫い合わせて作るおじゃみ(お手玉)。
作り方をていねいにお教えします。
開催日:第2日曜
時 間:14:00-16:00

7月14日(土)
町家衆イベント ワークショップ『ミニすだれを作ろう』

①13時30分 ②14時30分
当日先着各回10名、参加費200円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します
     講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

7月15日(日)
イベント 町家でお茶会

町家の座敷で「ほっと一息」一服いかがですか
先着順50名、茶菓代300円
※当日12時より8階受付でお茶券を販売します
協力:大阪市役所茶道部
13時~15時

町家衆イベント 今昔語り
大阪に残る昔ばなしを、町家の座敷でお聞かせします。
あたたかくなつかしい風情をお楽しみください。
開催日:お茶会と同日
時 間:14:30-15:00

町家衆イベント 町の解説
江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00-16:00

町家衆イベント 連鶴
折鶴がいくつもつながった連鶴。
一枚の紙から折るところに特色があります。
開催日:奇数月の第3日曜
時 間:13:30~初心者向け
    14:30~中級者以上向け


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「今週の今昔館」は第1回から第52回までは、大阪市立住まい情報センターの住まい・まちづくり・ネット「スタッフのつぶやき」に掲載されています。
「今週の今昔館」第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/04/blog-post.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

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