「淀川両岸一覧」は、江戸時代の大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。このシリーズでは、淀川両岸一覧(下り船之巻)に沿って、京都から大坂までの淀川右岸(川の流れから見て右側)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「高瀬川」をご紹介します。森鴎外の小説「高瀬舟」で有名なあの高瀬川です。
■高瀬川
高瀬川は江戸初期海外貿易で財を成した角倉了以によって、方広寺大仏再建の資材輸送のために開削された運河で、京の町を南北に流れていました。明治に及ぶ約300年間、京二条の鴨川沿いから伏見三栖東部の宇治川との合流点までの間を高瀬舟が往来し、京都・伏見間の水運に用いられました。
物資輸送を主たる目的とした高瀬舟は、米、醤油、塩、材木等を積んで上り、下りには主に肥料用の屎尿を京都近郊の村へ運んでいました。時には、この金肥を淀川を通じて摂津、河内まで運んだと言われています。
淀川両岸一覧下船之巻「高瀬川」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
本文には次のように記されています。
≪高瀬の川条(かわすじ)は、中頃、内裏御修理の材石を運ばしめんとて角倉了以の作るよし、嵐山の碑に見えたり。高瀬舟は毎朝伏見より荷物を積みて京師に曳き上り、夕にまた荷を積みて下る。≫
この記述の一文目は後に紹介する「都名所図会」の説明文をそのまま引用しています。二文目が「淀川両岸一覧」独自の情報ということになります。前者が歴史的経緯を伝えるのに対して、後者は河川と人とのかかわりを中心に編集された本書の特徴がよく表われた内容となっています。
絵は高瀬舟が物資を運ぶ様子を描いており、舟には俵が積まれ、船頭たちが船を引いている様子から、この絵は伏見から京へ向かう上り舟で、絵の右が京(北)で左が伏見(南)です。
流れに逆らう上りは曳き船で、挿絵に描かれているように、船頭が両岸から引き綱を胸に回して、「ホーイ、ホーイ」という掛け声とともに引き上がりました。下り船の中には乗合のものもあり、毎夕四条小橋の辺りから出航していました。この船は、伏見稲荷参詣などのために老人の旅客が好んで利用したようです。町場はまだしも、竹田街道に沿う辺りでは草むらの中を漕ぎ進むようなありさまで、秋口には虫の声も聞こえる情緒たっぷりの船旅でした。
高瀬川の流れについては、本文に次のように説明があります。
≪加茂川の西にあり。東竹田の北にて加茂川に合し、又分かれて伏見に出る。加茂川は竹田の銭取りはしの橋下を流れて、小枝の橋を経て淀川に入る。(中略)東竹田の街道は此の高瀬川に沿ひ、或いは離れて下るなり。≫
高瀬川は鴨川の西をほぼ並行しながら流れています。五条橋付近では橋が両川をまたぐほどに接近し、「銭取りはし」すなわち勧進橋の北あたりで鴨川に合流します。その後、左岸に分かれ、伏見の町を流れ宇治川に合流します。
一方の鴨川は勧進橋から鳥羽の小枝橋を通過し、桂川、淀川へと注ぎます。解説にある「東竹田の街道」とは竹田街道のことで、二つの川と同じような経路で京と伏見の町とをつないでいました。健脚を誇る旅人は陸路、「老人足弱の徒」は水路と、使い分けていました。
絵の右側上部の漢詩は次のとおり。
嘲ることを休めよ、老蹇平夷に就くを/安坐して嫌はず篙子(こうし)の遅きを/官閘(かんこう)便有りて水路を分く/糞船何すれぞ必ず宮旗を挿すや/すでに籬島を過ぎ市声遠く/漸(やうやう)竹田に及び林影垂る/蕭(さび)しき寺に今宵宿を投ぜんと欲すれば/桃山あたかもこれ花を発くの時 島棕隠
賛の発句は、次の三句。
一すぢや 淵瀬もなしに 春の水 飄々
こがらしや 胸をつき出す 高瀬舟 一匊
虫の音の 中を上るや 高瀬ふね 舎蕃
絵の右側、旅人たちが高瀬川に架かる小橋を渡ろうとしています。その背後には鬱蒼とした竹林。三句目のイメージと重なります。
本文は次のとおりです。
■高瀬川
加茂川の西にあり。東竹田の北にて加茂川に合し、又分かれて伏見に出る。加茂川は竹田の銭取りはしの橋下を流れて、小枝の橋を経て淀川に入る。
高瀬の川条(かわすじ)は、中頃、内裏御修理の材石を運ばしめんとて角倉了以の作るよし、嵐山の碑に見えたり。高瀬舟は毎朝伏見より荷物を積みて京師に曳き上り、夕にまた荷を積みて下る。
四条小橋より毎夕伏見へ便舟のり合あり。老人足弱の徒(ともがら)これに乗りて労せずして伏見にいたる。東竹田の街道は此の高瀬川に添ひ、或いは離れて下るなり。
「都名所図会」には、高瀬川沿いの三条北にあった「生洲(いけす)」が描かれています。また、「拾遺都名所図会」にも「高瀬川」があり、こちらでは、左側が上流になっています。
高瀬川付近の様子を地形図で見てみましょう。
1枚目3枚目は明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)です。1枚目の中央を南北に流れる川は鴨川で、その西側を高瀬川が流れます。東九条村の北では屈曲しながら南へ流れています。1枚目の中央下部で鴨川に合流し、2枚目を見ると鴨川の東側を並行して流れていきます。2枚目の中央付近からは、竹田街道に沿って流れています。3枚目を見ると、高瀬川は伏見の町の西側を流れ、宇治川に合流します。
次に、今昔マップを利用して高瀬川の流れを見てみます。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの、右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。
地図の中央を南北に流れる川は鴨川です。青色の横線は旧河道を示しています。かつての鴨川が暴れ川でしたが、その流路の一部を利用して高瀬川が築かれていることがわかります。右側の最新の地理院地図では、赤色の道路は国道、黄色は府道を表しています。1枚目では国道24号は旧街道の東側にバイパスとして新設され、旧竹田街道は府道となっています。2枚目では竹田街道が拡幅されて国道になり、3枚目では、国道24号は伏見の町の東側を通っています。旧街道は府道となって伏見の街なかを通過しています。
絵の右側上部の漢詩は次のとおり。
嘲ることを休めよ、老蹇平夷に就くを/安坐して嫌はず篙子(こうし)の遅きを/官閘(かんこう)便有りて水路を分く/糞船何すれぞ必ず宮旗を挿すや/すでに籬島を過ぎ市声遠く/漸(やうやう)竹田に及び林影垂る/蕭(さび)しき寺に今宵宿を投ぜんと欲すれば/桃山あたかもこれ花を発くの時 島棕隠
賛の発句は、次の三句。
一すぢや 淵瀬もなしに 春の水 飄々
こがらしや 胸をつき出す 高瀬舟 一匊
虫の音の 中を上るや 高瀬ふね 舎蕃
絵の右側、旅人たちが高瀬川に架かる小橋を渡ろうとしています。その背後には鬱蒼とした竹林。三句目のイメージと重なります。
本文は次のとおりです。
■高瀬川
加茂川の西にあり。東竹田の北にて加茂川に合し、又分かれて伏見に出る。加茂川は竹田の銭取りはしの橋下を流れて、小枝の橋を経て淀川に入る。
高瀬の川条(かわすじ)は、中頃、内裏御修理の材石を運ばしめんとて角倉了以の作るよし、嵐山の碑に見えたり。高瀬舟は毎朝伏見より荷物を積みて京師に曳き上り、夕にまた荷を積みて下る。
四条小橋より毎夕伏見へ便舟のり合あり。老人足弱の徒(ともがら)これに乗りて労せずして伏見にいたる。東竹田の街道は此の高瀬川に添ひ、或いは離れて下るなり。
「都名所図会」には、高瀬川沿いの三条北にあった「生洲(いけす)」が描かれています。また、「拾遺都名所図会」にも「高瀬川」があり、こちらでは、左側が上流になっています。
都名所図会「生洲」 (国際日本文化研究センターデータベース) |
拾遺都名所図会「高瀬川」 (国際日本文化研究センターデータベース) |
高瀬川付近の様子を地形図で見てみましょう。
1枚目3枚目は明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)です。1枚目の中央を南北に流れる川は鴨川で、その西側を高瀬川が流れます。東九条村の北では屈曲しながら南へ流れています。1枚目の中央下部で鴨川に合流し、2枚目を見ると鴨川の東側を並行して流れていきます。2枚目の中央付近からは、竹田街道に沿って流れています。3枚目を見ると、高瀬川は伏見の町の西側を流れ、宇治川に合流します。
明治22年陸地測量部地図(仮製地図) 国際日本文化研究センター蔵 |
明治22年陸地測量部地図(仮製地図) 国際日本文化研究センター蔵 |
明治22年陸地測量部地図(仮製地図) 国際日本文化研究センター蔵 |
次に、今昔マップを利用して高瀬川の流れを見てみます。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの、右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。
地図の中央を南北に流れる川は鴨川です。青色の横線は旧河道を示しています。かつての鴨川が暴れ川でしたが、その流路の一部を利用して高瀬川が築かれていることがわかります。右側の最新の地理院地図では、赤色の道路は国道、黄色は府道を表しています。1枚目では国道24号は旧街道の東側にバイパスとして新設され、旧竹田街道は府道となっています。2枚目では竹田街道が拡幅されて国道になり、3枚目では、国道24号は伏見の町の東側を通っています。旧街道は府道となって伏見の街なかを通過しています。
伏見の町や伏見街道は柿色で示されている地盤の良い「段丘面」の上に形成されていることがわかります。
最後に地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものを見てみます。15mから5m刻みで色を変えています。今回の高瀬川は南北に範囲が広いため、3枚に分けて表示しました。京都盆地の地形は北が標高が高く、南に向かって低くなっています。3枚を並べて見ると、標高の変化がよくわかります。3枚目の伏見付近では、黄色・黄緑・薄い水色が少なくなり、東山が迫ってきている様子がわかります。
三条橋から伏見までの間、同じ配色を使って京都の地形を見ています。1枚にまとめると次のようになります。盆地の中がひな壇状になっていて、北と南で標高が変わる様子がよくわかります。伏見城は東山の南の先端部に築かれ、戦略上の要所であったことも読み取れます。
今回は、「淀川両岸一覧下り船の巻」の「高瀬川」をご紹介しました。
〇企画展「博覧会の世紀1851-1970」開催中です
2021年2月20日(土)~2021年4月4日(日)
博覧会の歴史は1851年のロンドン万博に遡り、その後、欧米各国で開催されるようになります。世界中の国々で、今日に至るまで実に数千回にも及ぶ博覧会が開催され、日本においても明治以降、多種多様な博覧会が開催されてきました。
時代とともに博覧会の内容や展示手法は進化し、開催目的や性格も大きく変わっていきました。博覧会はその時代における社会的な要求や世相を映す鏡であったといえます。
本展では19世紀から20世紀の博覧会を俯瞰し、時代とともに変わってきた人々の価値観や他者へのまなざしを読み解くとともに、大阪を会場とした博覧会に焦点を当て、大阪の人々の生活スタイルや娯楽、都市文化を紹介します。
〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw
〇大阪くらしの今昔館は感染予防に注意して再開しています
ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などのご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。
今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・ボランティアによる展示解説(町家衆による町家ツアー)
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ
・スタッフによる展示解説(町家ツアー)を1日2回実施します。お気軽にご参加ください。
① 11 時 30 分~(約 30 分)
② 14 時 30 分~(約 30 分)
・ミュージアムショップは一時休業していますが、図録などは8階インフォメーションで販売しています。
⇒http://konjyakukan.com/shop.html
〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf
このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be
また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be
⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4
〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be
〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
こちらからどうぞ。
⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf
大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html
「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html
「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse
今昔マップより五条から九条村付近 |
今昔マップより九条村から竹田村付近 |
今昔マップより竹田村から伏見付近 |
最後に地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものを見てみます。15mから5m刻みで色を変えています。今回の高瀬川は南北に範囲が広いため、3枚に分けて表示しました。京都盆地の地形は北が標高が高く、南に向かって低くなっています。3枚を並べて見ると、標高の変化がよくわかります。3枚目の伏見付近では、黄色・黄緑・薄い水色が少なくなり、東山が迫ってきている様子がわかります。
地理院地図+自分で作る色別標高図 |
地理院地図+自分で作る色別標高図 |
地理院地図+自分で作る色別標高図 |
三条橋から伏見までの間、同じ配色を使って京都の地形を見ています。1枚にまとめると次のようになります。盆地の中がひな壇状になっていて、北と南で標高が変わる様子がよくわかります。伏見城は東山の南の先端部に築かれ、戦略上の要所であったことも読み取れます。
地理院地図+自分で作る色別標高図 |
今回は、「淀川両岸一覧下り船の巻」の「高瀬川」をご紹介しました。
〇企画展「博覧会の世紀1851-1970」開催中です
2021年2月20日(土)~2021年4月4日(日)
博覧会の歴史は1851年のロンドン万博に遡り、その後、欧米各国で開催されるようになります。世界中の国々で、今日に至るまで実に数千回にも及ぶ博覧会が開催され、日本においても明治以降、多種多様な博覧会が開催されてきました。
時代とともに博覧会の内容や展示手法は進化し、開催目的や性格も大きく変わっていきました。博覧会はその時代における社会的な要求や世相を映す鏡であったといえます。
本展では19世紀から20世紀の博覧会を俯瞰し、時代とともに変わってきた人々の価値観や他者へのまなざしを読み解くとともに、大阪を会場とした博覧会に焦点を当て、大阪の人々の生活スタイルや娯楽、都市文化を紹介します。
『元ト昌平阪聖堂ニ於テ博覧会図』 株式会社乃村工藝社蔵 |
第5回内国勧業博覧会『明治三六年之大阪』 大阪毎日新聞社発行 株式会社乃村工藝社蔵 |
『大礼奉祝交通電気博覧会鳥瞰図』 株式会社乃村工藝社蔵 |
'70大阪万博ペナント4種類 株式会社乃村工藝社蔵 |
〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw
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① 11 時 30 分~(約 30 分)
② 14 時 30 分~(約 30 分)
・ミュージアムショップは一時休業していますが、図録などは8階インフォメーションで販売しています。
⇒http://konjyakukan.com/shop.html
〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf
このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be
また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be
⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4
〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
こちらからご覧ください。
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「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html
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