2017年11月7日火曜日

今週の今昔館(84) 浪華名所獨案内 20171107

〇今昔館の近代展示室を愉しむ(18) 浪華名所獨案内

 今回は、大阪くらしの今昔館の9階近世のフロア入り口付近にパネル展示している「浪華名所獨案内(なにわめいしょ ひとりあんない)」についてご紹介します。江戸時代天保年間に発行された古地図で、これまで、近代展示室の見どころを紹介する際に、江戸時代には何があったのかを確認するために使ってきましたが、今回はこの地図の特徴と見どころを改めてご紹介することにします。この地図と近代展示室の大阪市パノラマ地図とを見比べることによって、近代展示室をもっと愉しめることと思います。


【概要】
 「天下の台所・大坂」(学習研究社)によると、「この地図は天保3(1832)年に、ある合薬屋が広告として作ったもの。近世大坂の名所や店舗が記されており、当時のにぎやかな市中の様子を知ることができる。」とあります。この本では、「なにわ名所ガイド」のタイトルで、この図が大きく掲載されています。「天下の台所・大坂」は住まい情報センターのライブラリーにも置いています。

浪華名所獨案内(友鳴松旭による図)

   図は、友鳴松旭(暁 鐘成による図もある)。書肆は、石川屋和助。
 一枚摺りの地図で、この地図一枚で大坂の観光を独りで楽しめるようになっています。
 地図の右中央に、「赤の色にて図中筋を引きたるは一遍通りの見物巡路なり。藍の色茶の色にて筋引きたる所これ皆同じ一遍通りの巡路と見るべし。」とあります。現在の観光ガイドマップのモデルルートと同様の手法が、200年近く前に既に使われていたことは驚きです。昔の人は健脚だったので、2泊3日で、3つのコースをめぐれるという仕掛けになっています。
 暁 鐘成による図には、図中の筋は引かれていますが、説明文はありません。

浪華名所獨案内(暁鐘成による図)

【構図】
 この図は、東を上に描かれており、海から眺めた大坂のまちの姿になっています。
 図の上部の左寄りに、御城が大きく描かれ、そこから右方向に森ノ宮・イナリ社・高津宮・生玉社・キヨミズ・四天王寺・一心寺などの上町台地の寺社が、図の右端には、今宮村、戎社、天下茶屋、住吉の文字が見えます。背景には、左から生駒山、二上山、葛城山、金剛山が描かれています。

【水の都】
 図の横方向(南北)に水色で、上から東横堀、西横堀、木津川が、縦方向(東西)に、左から大川、長堀、道頓堀が描かれています。大川は、土佐堀川、堂島川と、蜆川(明治の北の大火の後埋められ現在は無い)に分かれています。
 西横堀から西へ木津川との間には、江戸堀、京町堀、阿波座堀、立売堀が並んでいます。
 多くの橋の名称も記されており、水の都の様相がよく現れています。

浪華名所獨案内に見る「水の都」

 東横堀と西横堀の間が中心市街地で、長堀よりも北側(左側)の大川までが「船場」、南側の道頓堀までが「島之内」と呼ばれていました。東横堀より東側は「上町」、西横堀より西側は「西船場」「堀江」と呼ばれていました。
 長堀と西横堀が十字にクロスする所に橋が4つ架かっていて「四ツ橋」と呼ばれ、夕涼みの名所だったそうです。
 4つの橋にはそれぞれ名前があり、
上繋橋(かみつなぎばし)西横堀川に架かる北の橋。
下繋橋(しもつなぎばし)西横堀川に架かる南の橋。
炭屋橋(すみやばし)長堀川に架かる東の橋。島之内西端の旧町名「炭屋町」に由来。
吉野屋橋(よしのやばし)長堀川に架かる西の橋。北堀江東端の旧町名「吉野屋町」に由来。
となっていました。
 江戸時代中期の俳人小西来山の句「涼しさに 四ツ橋を四ツ わたりけり」が有名で、長堀通の中央部に句碑が建っています。
 現在では、大川、土佐堀川、堂島川、木津川、道頓堀、東横堀(いわゆるロの字の水路)を残して、ほとんどの堀が埋立てられています。

【まちの姿】
 道路を見ると、図の中央部南北(横方向)に、堺筋通り、心斎橋通りが描かれ、長堀橋、日本橋、心斎橋、戎橋の名前も見えます。この2本の道が、船場、島之内を突き抜けるメインストリートになっていた様子がよくわかります。(この図では、南北の道も「通り」と表記されています。東西の「スジ」もいくつか見られ、当時は、東西は通り、南北は筋という明確な使い分けは無かったようです。)

 東西(縦方向)の通りを見ると、伏見町、道修町、淡路町、安土町、本町、久宝寺町、順ケイ町などの名前が見えます。通り名は入っていませんが、今バシ、カウライバシ(高麗橋)、シアンバシ、ノウニンバシ、安堂寺バシ、九ノ介バシ、瓦ヤバシといった橋の名前が書かれています。

船場・島之内周辺

【天下の台所】
 名所・名店についてみると、
赤いラベルで、御城と銅吹屋、平五・天五・鴻池・加嶋屋といった両替商。
茶色のラベルで、スルガヤ、玉露堂、虎屋饅頭、ウルユス店、コシヤウシ円、古梅園などの名店。
黄色のラベルに赤い紋章入りで、升屋岩城呉服店、三井呉服店(後の三越)、小橋屋呉服店、松屋呉服店(現在の大丸)が目立っています。
現在も残っている名店も多くあります。
 黄色のラベルはたくさんありますが、ざっと見ると、東御奉行所・西御奉行所、天満宮、四天王寺、住吉、西御堂・東御堂(方角では北・南ですが)、川沿いに八ケン家、青物市場・雑喉場魚市場、金相場、御蔵、道頓堀に沿って竹田・若太夫・角・中・筑後の浪花五座、周辺部には曽根崎新地・高津新地・難波新地など、多数の名所や地名が記されています。
 中之島や西天満には蔵屋敷多し、堂島には米市場の文字が見えます。
 堀川の水運に支えられ、天下の台所として栄えた商都大坂のにぎわいが伝わってきます。
 この地図で、西御堂、東御堂となっているのは、西本願寺別院(津村御堂)、東本願寺別院(難波御堂)だからのようです。方角による位置関係よりも建物の由来からそのように呼ばれていたようです。この地図では東が上に描かれていますから、ちょうど京都の西本願寺、東本願寺と同じような並びになっています。御堂筋の名前は西本願寺派の「北御堂」と、東本願寺派の「南御堂」が沿道にある事から名付けられています。この地図の当時の御堂筋は、淀屋橋筋とは西に少しずれており、どちらも幅6mほどの狭い道に過ぎなかったのですが、1920年に市長となった關一によって、地下鉄の建設とセットで44mと大幅な道路拡張がほどこされ、一躍大阪を代表する道路へと様変わりしました。

【雑誌「大阪人」の最終号での紹介】
 『浪華名所独案内』については、本渡章さんが一冊丸ごと編集を担当された古地図の大特集、雑誌「大阪人」の最終号「古地図で歴史をあるく」のP24,25に 《古地図入門-3【名所図】名所めぐりモデルコース付き、必携!浪華観光ガイドマップ。》 として紹介されています。

大阪人最終号 古地図で歴史をあるく

 本渡さんの解説には、「通り」と「筋」の使い分けの話題があります。
《この図では、谷町通、松屋町通、心斎橋通など南北の道を通り、平野町スジ、淡路町スジなど東西の道をスジと呼んでいるところが多く現在と逆になっている。東西でも本町通があったり、堺筋通のように両方ついていたりする。当時は使い分けに一貫性はない。明治初期に、行政が東西を「通り」、南北を「筋」と定めた経緯については、大阪城へ向かう東西の道を本通りとし、南北を横道として筋としたからという。これにも異説があって、結論ははっきりしない。》とあります。

【船場】
 街区は基本的に40間四方の正方形で、街路は碁盤目状に直交しています。大坂城の西に位置することから東西方向が竪(たて)となり、東西方向の街路を通(とおり)と称しています。計23本あり、当初の幅員は4.3間に設定されていました。一方、南北方向は横(よこ)となり、南北方向の街路を筋(すじ)と称しています。計13本。当初は補助的な街路とされたために幅員は3.3間と通に対して狭く設定されていました。

 町割りは基本的に通に沿った両側町で、東から丁目数にして5程度の町が多かったです。ただし、西横堀筋は全て南北方向の横町割りで、渡辺筋や御霊筋にも横町割りが見られました。明治以降に通と筋の主従関係が逆転したが、東西方向の竪町割りは依然健在で、平成以降は竪町割りに統一されています。なお、現在の町名では「町」は全て「まち」と読みます。

船場付近

【島之内】
 島之内を見ると、堺筋と心斎橋筋には、長堀、道頓堀共に橋が架かっています。堺を経て和歌山に通じる堺筋の長堀橋と日本橋は幕府が管理する公儀橋ですが、心斎橋筋の心斎橋、戎橋をはじめ市内の大半の橋は町人が管理する町橋でした。大坂には公儀橋は12しかなく、多くが大坂城の周辺、特に京都に通じる北側に集中していました。
 三津寺や三つ八幡。舟宿、旅人宿多し。日本橋通、堺筋という。などの文字が見えます。
 住友銅吹屋、大丸呉服店が大きく描かれ、道頓堀の南には芝居の五座があります。「五つ櫓」とも言い、道頓堀を代表する劇場群で、近代に至るまで、歌舞伎や仁輪加(軽演劇)、人形浄瑠璃などが賑々しく興行されました。

島之内付近

【難波付近】
 高津新地の南には御蔵跡があります。かつてはこちらに御蔵がありました。千日、難波新地、日本橋通長町ト云などの文字が見えます。
 今宮村が大きく描かれています。今宮村から左(北)へ、戎社、廣田、御蔵とあります。江戸時代の幕府の御蔵は、その後大正時代には煙草専売局、昭和には大阪球場、平成にはなんばパークスになっています。
 御蔵に荷物を運んでいた水路(難波入堀川・新川)は、今は埋め立てられ高速道路となっています。それでも、やっぱり人や物を運んでいます。今宮戎は、昔も今も同じ場所で変わりません。

難波付近

【上町台地】
 上町台地は大阪のルーツともいえるところです。かつては、上町半島という形でせり出し、西は大阪湾、東は河内湖となっていました。半島の先端部には難波の宮があり、同じ場所に中世には大坂本願寺(石山御坊)が立地していました。織田信長に攻められて撤退し、その後、豊臣秀吉が大坂城を築城しました。夏の陣の後、徳川氏によって豊臣大坂城は埋め立てられ、その上に徳川大坂城が建てられました。現在の天守閣は、徳川大坂城の天守台の上に、豊臣大坂城をモデルにした鉄筋コンクリート造の天守閣が昭和6年に市民の寄付によって再建されたものです。

 半島の中央部には、古くから住吉大社が立地。水運の神様として、遣隋使、遣唐使を送り出しました。難波の宮と住吉大社の中間には、聖徳太子が四天王寺を建立。瀬戸内海から都を目指す船からは、五重塔が目標としてそびえていたと思われます。

上町台地南
上町台地北

 上町台地の地形は、国土地理院の標高地形図を見れば一目瞭然です。かつて半島のようになっていたことがよくわかります。昔からの陸地なので地盤は固く、東側に比べ西側が急斜面になっています。

 浪華名所獨案内からは少し脱線しますが、この標高地形図は大坂の歴史と地形の関係を調べる際に役に立ちます。

 例えば、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の舞台を例に挙げてみると
・「真田丸」はなぜ大坂城の南側に作られたのか?、
・なぜ長原~平野や道明寺が大坂冬の陣の戦場になったのか?、
・徳川方の本陣はなぜ茶臼山と岡山(現在の勝山)に置かれたのか?、
・夏の陣の際になぜ茶臼山が幸村最期の地になったのか?、
すべてこの地図にその謎が隠されています。
 ヒントは、現在の大和川は江戸時代になって開削されたもので、それ以前は河内平野を北上して大坂城の北側を流れていたことです。

・古代難波宮が上町台地に置かれ、奈良・飛鳥への道は東ではなく南東へ向かっていたこと、
・大坂本願寺(石山御坊)が上町台地の北端に置かれ、織田信長が本願寺攻めに執拗にこだわったこと、
・豊臣秀吉が信長の遺志を引き継いでここに大坂城を築いたこと、
といったこともこの地図からわかります。

国土地理院 標高地形図

 また、地図ぶらり部で公開されている「台地を探して -浪花百景で物見遊山-」には、高低差が色分けで表示されていて、浪花百景が描かれた地点がわかるようになっています。この地図を見ると上町台地の東側はゆるい傾斜、西側は絶壁になっていること。絶壁のところに景勝地が多く、浪花百景の舞台にもなっていることがよくわかります。

台地を探して-浪花百景で物見遊山-

 2015年12月のオープン台地では、大阪くらしの今昔館主催のイベントとして、上町台地の天王寺区から中央区にかけて、四天王寺から空堀辺りまでを歩きました。浪華名所獨案内に載っている、四天王寺、ウカムセ、アイゼン、カリウヅカ、梅ケ辻、妙法松を訪ね、谷町筋と上町筋の間にあった南平野町、北平野町を歩きました。
 南北平野町は大坂城と四天王寺を結ぶ線上に位置していて、秀吉の命により平野郷の住民が移住した場所です。地図には、南北平野町の名前はありませんが、現在の松屋町筋、谷町筋、上町筋が描かれていて、それぞれ松ヤ町通、谷町通、八丁目寺町通トモ云と書かれています。松屋町筋と谷町筋の間に高低差があり、天王寺七坂と呼ばれる坂があります。

オープン台地イベント 「浪華名所獨案内」をたどるまち歩き

 「浪華名所獨案内」については、以前にも「古地図に見る「あさが来た」の舞台」、「御堂筋と堺筋」、「四ツ橋の昔と今」などのブログでも使用しています。ご興味のある方はこちらもご覧ください。
 浪華名所獨案内についてもっと詳しく学びたい方には、大阪商業大学商業史博物館が編集・発行しておられる「新OSAKA漫歩」がお勧めです。約100ページの本が丸ごと浪華名所獨案内の解説になっています。

新OSAKA漫歩(大阪商業大学商業史博物館)


 パソコンやスマホで浪華名所獨案内をご覧になりたい方は、ちずぶらり部の公開地図が便利です。スマホ、タブレット、パソコンをご利用の方は、地図を選んで右上のマークをクリック・タップすると、取り込むことができます。一度お試しください。こちらからどうぞ。
≫ http://alpha3.chizuburari.com/maps

 浪華名所独案内は、大阪市立中央図書館のライブラリーからもダウンロードできます。画像は少し荒いですが、色はきれいです。
≫ http://image.oml.city.osaka.lg.jp/archive/detail.do;jsessionid=65C994B313F195B5102A3CD39A0A4FE4?&oml=0000369376&id=29425

 古地図を見ながらのまち歩き、ブラタモリの気分で楽しんでみませんか。
 本ブログで使用した地図は、二つ井戸津の清さん、ちずぶらりさん、国土地理院さんからお借りしました。


〇特別イベント  民家をたのしむ!民家をつたえる!

★Part1 シンポジウム「英国くらしの博物館 VS 大阪くらしの今昔館」
◇日  時:平成29年11月26日(日)10:00~12:30 (受付開始:9:40~)
◇「大阪くらしの今昔館の町家建築物語」谷 直樹(大阪くらしの今昔館館長)
 「体験することはわかること―Weald and Downland Living Museumの民家建築と伝統的なくらしの学びを生き生きとしたものにするために―」通訳あり
  Martin Purslow CEO of the Weald and Downland Living Museum
◇場  所:大阪市立住まい情報センター 3階 ホール
◇定  員:150名(事前申込、先着順)
      定員になり次第、締め切ります。
◇参 加 費:無料

 Weald and Downland Living Museum(ウィ-ルド・アンド・ダウンランドくらしの博物館)は、1972年に開園した英国イングランド南部にある民家博物館です。広大な敷地に、600年の時代を通じた52棟の民家が学術的な修復を受けて移築され、当時のくらしを再現しています。
 同館では、民家の建築的保全とくらしの技術の保存の両面から学習プログラムを提供しています。現代に暮らす人たちに民家の保全への意識を持ってもらうこと、また伝統的な生活の技やものづくりに関心を持ってもらうことが目的です。おとなのための学習プログラムやヨ-ク大学大学院と連携した民家の保存技術の専門的プログラムにも力を入れています。
 シンポジウムでは、英国くらしの博物館と江戸時代の町家を再現した大阪くらしの今昔館の事例から、民家を楽しみ、伝統的な建築技術を伝える方法を考えます。

●司会:碓田智子(博物館住まい学習研究会代表、大阪教育大学教授)
●通訳:和田美貴((一財)日本国際協力センター)

★Part2イベント 「大工体験! 匠の技」
①江戸時代の町並みで実演 手道具を使った大工の匠の技
 棟梁による、手道具を使った大工の伝統の技をご覧いただきます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:00
      (予約不要、自由見学)
◇場  所:大阪くらしの今昔館 9階常設展示室
◇参 加 費:無料(ただし常設展示室への入館料が必要)

②町家の二階の特別見学-町家の構造を見よう-
 通常は非公開の町家(薬屋)の2階に上がって、町家建築の構造をご覧いただきます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:00
      (要予約 シンポジウム申込者を優先)
◇参 加 費:無料(ただし常設展示室への入館料が必要)

☆匠の技を体験しよう!
 「ミニ削ろう会in今昔館」の大工さんから大工の技を教えてもらいます。
 鉋削りの体験や削り花でつくる「かんなフラワー」も楽しめます。お子さんも体験できます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:30
◇場  所:大阪市立住まい情報センター 3階 ホール
◇参 加 費:無料

民家をたのしむ!民家をつたえる!
Let’s Learn from Historic Houses in the Museum
主 催:博物館住まい学習研究会、大阪くらしの今昔館
協 力:「ミニ削ろう会in今昔館」の大工棟梁のみなさん



申込はこちらからどうぞ。

≫ https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/32955


〇今週のイベント・ワークショップ

11月8日(水)~11日(土)、13日(月)、15日(水)~18日(土)
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
時 間:11:30、14:30

11月12日(日)、19日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00

11月11日(土)
イベント 町家寄席-落語

江戸時代にタイムスリップ!大坂の町で、落語をきいてみませんか
出演:桂出丸 他
14時~15時

ワークショップ 『ふくろうストラップを作ろう』
各回先着10名、1人300円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します
①13時30分 ②14時30分

11月12日(日)
町家衆イベント おじゃみ(有料)

古布を四角く切って縫い合わせて作るおじゃみ(お手玉)。
作り方をていねいにお教えします。
開催日:第2日曜
時 間:14:00~16:00

11月18日(土)19日(日)
関西文化の日(11/18・19)は今昔館の入館料(常設展)が無料です!


町家衆イベント 楽市町家
13時~16時

ぜんざい
11時~
100円/杯(なくなり次第終了)

11月19日(日)
町家衆イベント 連鶴(有料)

折鶴がいくつもつながった連鶴。
一枚の紙から折るところに特色があります。
作り方を詳しくお教えします。
開催日:奇数月の第3日曜
時 間:14:00~15:30


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。


大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse



2017年10月31日火曜日

今週の今昔館(83) 大阪市パノラマ地図の隠れた見どころ 20171031

〇今昔館の近代展示室を愉しむ(17) 大阪市パノラマ地図の隠れた見どころ

 前回に引き続き「大阪市パノラマ地図」の見どころをご紹介します。今回は隠れた見所です。ややマニアックですが、知っていると愉しみが増えること間違いなしです。

 まずは、地図の左下、大阪港のあたりの欄外を見てみましょう。一番上には、印刷日と発行日が書かれています。大正12年12月28日印刷、大正13年1月5日発行とあります。


 その下には、「著作者 美濃部政次郎」とあり、住所は西区三軒家上之町322番地とあります。美濃部政次郎氏は銅板作家であったこと以外、あまりよくわかっていません。


 次に、「印刷兼発行者 日下伊兵衛」とあり、住所は西区新町通3丁目159番地とあります。この2枚に「雲」が描かれていますが、煙突の煙ではありません。絵巻物によく使われる手法と同じです。


 一番下には、「発行所 日下わらじ屋」とあり、こちらの住所は西区新町通3丁目角となっています。わらじ屋は、平成14(2002)年に無くなってしまいましたが、地図出版で有名な出版社でした。
 「雲」で途中を省略することによって画面に「大桟橋」を収めるようにしたのだと思いますが、それでも枠からはみ出しています。はみ出ていることで注目され、かえって、迫力が出ているのかもしれません。


 今度は地図の右上、タイトルの下をほうを見てみます。パノラマ地図の説明文が書かれています。
 「本図は大阪市街の原型を模写せし者にして実地踏写に成り普通地図と全然其の趣を異にし・・・」で始まる効能書きですが、面白いのは、「新式重要図」「大なる誇りとせざるを得ず」と自慢しながらも、最後の方で「是れ止むを得ざる次第にして・・・」と言い訳をしているところです。「雲」で省略している築港方面のこともちゃんと例示しています。
 パノラマ地図は、90年以上前の制作としては、十分自慢に足りる力作だと思います。


 地図の一番下の中央辺りには、「記号」の欄があります。凡例ですね。何が記号になっているか見てみると、停車場、停留所、名所、郵便局に始まり、簡易食堂、公設市場、私設市場、劇場、演舞場、寄席、湯屋と、時代を感じさせます。大阪でよく使う「風呂屋・銭湯」とせずに「湯屋」となっているところが、ちょっと意外な感じがします。


 では、記号にもある「停留所」を実際に見てみましょう。市電の東西線(本町通)と南北線(堺筋)がクロスする本町2丁目付近、堺筋本町です。
 本町通に、本町一、本町二、本町三と3つの停留所が描かれていますが、停留所名の近くには必ず市電の車両の絵があります。プラットホームの位置を示しているのです。したがって市電がクロスする「本町二」のような交差点には4台の車両が描かれています。行先別のプラットホームの位置が分かるようになっているのです。きめ細かな配慮ですね。
 この地図で、湯屋(風呂屋・銭湯)も確認できます。小さい煙突の下に「ゆ」の変体仮名(「む」のようにも見えますが「ゆ」です)のマークのあるところが湯屋です。


 次に、記号にはありませんが、市電に関連して、「跨線橋」がどのように描かれているかを見てみましょう。パノラマ地図の左上のほうにある天神橋5丁目~6丁目付近です。
 現在のJR大阪環状線は、当時はまだ環状になっておらず、城東線と呼ばれていて、地上を走っていました。この地図の右のほうにある天満駅を見ると、線路をまたぐ跨線橋のある駅が描かれています。田舎に行くとよくある形の駅ですね。
 駅から線路を左の方にたどると、天神橋筋との交差点では、道路と市電が線路をまたいでいます。
 さらに左の方を見ると、地図の左下角で、道路とクロスしています。こちらは道路は平面で、市電だけが鉄橋で高架になって線路をまたいでいます。今もこのあたりの道幅が広くなっているのは、高架橋の名残です。

 このように、細かいところまできっちりと書き分けているところは、たいしたものです。
 この地図で、天満駅の北側には大きな煙突が沢山描かれています。こちらは工場の煙突で、銭湯の煙突とちゃんと書き分けられています。


 次に、川の上を見てみましょう。安治川には、大きな船が何隻も描かれています。当時はこのあたりまで大きな船が上がってくるということで、安治川には橋を架けることができず、渡し船が何か所もあります。昭和19年には海底トンネルが建設されます。現在では、自転車と歩行者の専用トンネルになっています。


 大阪市パノラマ地図の中で、1か所だけ、エリア外の施設が、コラムのように挿絵になっています。住吉神社(大社)です。地図の右下の方に描かれています。
 住吉大社には、本殿が第一から第四まで4つありますが、その並び方も含めて正確に描かれています。有名な太鼓橋も描かれています。挿絵の下にある方位コンパスもかわいいデザインです。


 最後に、著作者の「お遊び」をご紹介します。西区三軒家(現在は大正区)を見ると、三軒家電停の北側に赤いラベルの名所の記号で「美濃部」とあります。しっかり自己主張しているところが面白いと思います。


 西区新町を見ると、同じく名所の記号で「わらぢや」とあります。ちゃんと「新町通3丁目角」に書かれています。発行者への配慮も忘れていません。


 今回は大阪市パノラマ地図の隠れた見どころをご紹介しました。大阪市パノラマ地図は、スマホのアプリ「こちずぶらり」にも搭載されています。

 今昔館8階には、パノラマ地図を拡大した光床がありますから、じっくり観察すると、まだまだ他にも面白いことが発見できると思います。

大阪くらしの今昔館近代のフロアの「大阪市パノラマ地図」



〇特別イベント  民家をたのしむ!民家をつたえる!

★Part1 シンポジウム「英国くらしの博物館 VS 大阪くらしの今昔館」
◇日  時:平成29年11月26日(日)10:00~12:30 (受付開始:9:40~)
◇「大阪くらしの今昔館の町家建築物語」谷 直樹(大阪くらしの今昔館館長)
 「体験することはわかること―Weald and Downland Living Museumの民家建築と伝統的なくらしの学びを生き生きとしたものにするために―」通訳あり
  Martin Purslow CEO of the Weald and Downland Living Museum
◇場  所:大阪市立住まい情報センター 3階 ホール
◇定  員:150名(事前申込、先着順)
      定員になり次第、締め切ります。
◇参 加 費:無料

 Weald and Downland Living Museum(ウィ-ルド・アンド・ダウンランドくらしの博物館)は、1972年に開園した英国イングランド南部にある民家博物館です。広大な敷地に、600年の時代を通じた52棟の民家が学術的な修復を受けて移築され、当時のくらしを再現しています。
 同館では、民家の建築的保全とくらしの技術の保存の両面から学習プログラムを提供しています。現代に暮らす人たちに民家の保全への意識を持ってもらうこと、また伝統的な生活の技やものづくりに関心を持ってもらうことが目的です。おとなのための学習プログラムやヨ-ク大学大学院と連携した民家の保存技術の専門的プログラムにも力を入れています。
 シンポジウムでは、英国くらしの博物館と江戸時代の町家を再現した大阪くらしの今昔館の事例から、民家を楽しみ、伝統的な建築技術を伝える方法を考えます。

●司会:碓田智子(博物館住まい学習研究会代表、大阪教育大学教授)
●通訳:和田美貴((一財)日本国際協力センター)


★Part2イベント 「大工体験! 匠の技」
①江戸時代の町並みで実演 手道具を使った大工の匠の技
 棟梁による、手道具を使った大工の伝統の技をご覧いただきます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:00
      (予約不要、自由見学)
◇場  所:大阪くらしの今昔館 9階常設展示室
◇参 加 費:無料(ただし常設展示室への入館料が必要)

②町家の二階の特別見学-町家の構造を見よう-
 通常は非公開の町家(薬屋)の2階に上がって、町家建築の構造をご覧いただきます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:00
      (要予約 シンポジウム申込者を優先)
◇参 加 費:無料(ただし常設展示室への入館料が必要)

☆匠の技を体験しよう!
 「ミニ削ろう会in今昔館」の大工さんから大工の技を教えてもらいます。
 鉋削りの体験や削り花でつくる「かんなフラワー」も楽しめます。お子さんも体験できます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:30
◇場  所:大阪市立住まい情報センター 3階 ホール
◇参 加 費:無料

民家をたのしむ!民家をつたえる!
Let’s Learn from Historic Houses in the Museum
主 催:博物館住まい学習研究会、大阪くらしの今昔館
協 力:「ミニ削ろう会in今昔館」の大工棟梁のみなさん



申込はこちらからどうぞ。

≫ https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/32955


〇今週のイベント・ワークショップ

11月1日(水)、2日(木)、4日(土)、6日(月)、8日(水)~11日(土)
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
時 間:11:30、14:30

11月3日(祝)、5日(日)、12日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00

11月3日(金・祝)
イベント 乙女文楽

上方の地で生まれ親しんだ芸能。磨かれた芸の技をご覧ください
出演:乙女文楽座
14時~15時

11月5日(日)
町家衆イベント 町の解説

江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00~16:00

11月11日(土)
イベント 町家寄席-落語

江戸時代にタイムスリップ!大坂の町で、落語をきいてみませんか
出演:桂出丸 他
14時~15時

ワークショップ 『ふくろうストラップを作ろう』
各回先着10名、1人300円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します
①13時30分 ②14時30分

11月12日(日)
町家衆イベント おじゃみ(有料)

古布を四角く切って縫い合わせて作るおじゃみ(お手玉)。
作り方をていねいにお教えします。
開催日:第2日曜
時 間:14:00~16:00

11月18日(土)19日(日)
関西文化の日(11/18・19)は今昔館の入館料(常設展)が無料です!


町家衆イベント 楽市町家
13時~16時

ぜんざい
11時~
100円/杯(なくなり次第終了)

11月19日(日)
町家衆イベント 連鶴(有料)

折鶴がいくつもつながった連鶴。
一枚の紙から折るところに特色があります。
作り方を詳しくお教えします。
開催日:奇数月の第3日曜
時 間:14:00~15:30


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。


大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse



2017年10月24日火曜日

今週の今昔館(82) 大阪市パノラマ地図の見どころ 20171024

〇今昔館の近代展示室を愉しむ(16) 大阪市パノラマ地図の見どころ

 前回に引き続き「大阪市パノラマ地図」の見どころをご紹介します。

 下の地図は大阪市パノラマ地図のちょうど真ん中に描かれている「四ツ橋」です。江戸時代にはどんなところだったでしょうか?また、現在はどうなっているでしょうか?


 四ツ橋という地名を聞くと、ご年配の方は「プラネタリウムのあったところ」とお答えになると思います。現在の大阪市立科学館の前身の電気科学館が交差点に面して建っていて最上階がプラネタリウムになっていました。若い方は「地下鉄の四つ橋線に駅があったかなぁ」くらいかもしれません。四ツ橋の昔と今を見ていきましょう。

 江戸時代の天保年間1820年ころの地図「浪華名所独案内」の四ツ橋周辺です。上が東になっています。中央部左右の川が西横堀川、上下の川が長堀川です。2つの川がクロスしているところに橋が4つ架かっています。4つまとめて四ツ橋と呼ばれていました。

浪華名所独案内の四ツ橋周辺(上が東)

 見慣れている図になるよう、北を上にして拡大してみました。

浪華名所獨案内の四ツ橋付近(上が北)

 もう一枚、ほぼ同じ時代の、詳細な古地図「天保新改攝州大阪全圖」の四ツ橋付近です。

天保新改攝州大阪全圖の四ツ橋付近(上が北)

 四ツ橋(よつばし)は、「堀川の十字交差部(大阪市内に唯一存在した)」に、架橋されていた4つの橋を一括して称した名称で、その周辺の地域の通称にもなっています。その後、堀川は埋め立てられたため現在は交差点名や駅名として残っています。

 もともとは、長堀川と西横堀川(両方とも埋め立てられた)が交差する地点に「ロ」の字型に架けられていた4つの橋の愛称です。道路、水路、市電にとっての重要な交通の要所でした。
・上繋橋(かみつなぎばし)西横堀川に架かる北の橋。1964年(昭和39年)撤去。
・下繋橋(しもつなぎばし)西横堀川に架かる南の橋。1964年(昭和39年)撤去。
・炭屋橋(すみやばし)長堀川に架かる東の橋。1970年(昭和45年)撤去。島之内西端の旧町名「炭屋町」に由来。
・吉野屋橋(よしのやばし)長堀川に架かる西の橋。1970年(昭和45年)撤去。北堀江東端の旧町名「吉野屋町」に由来。

 四ツ橋は、昔から、建物が建て込んだ都心部の中にあって貴重な開けた場所でしたので、散策コースとして市民に親しまれ、また大阪名所・観光名所として「摂津名所図会」や「浪花百景」にも描かれ、写真が絵はがきにも用いられました。かつては夕涼みの名所だったそうで、江戸時代中期の俳人小西来山の句「涼しさに 四ツ橋を四ツわたりけり」が有名です。

摂津名所図会の四ツ橋
浪花百景の四ツ橋(大阪市立図書館蔵)

 大正13年(1924年)の大阪市パノラマ地図の四ツ橋周辺です。パノラマ地図では四ツ橋は地図全体のちょうど真ん中に描かれています。鳥瞰図ですので道が斜めになっています。こちらも東を上にしてみました。

 長堀の北側の長堀通と西横堀の西側の四ツ橋筋に市電が走っています。位置は少しずれますが2つの通りの交差点も四ツ橋と呼ばれていました。


大阪市パノラマ地図の四ツ橋付近(上が東)

 日本初の国産ダイヤモンドクロッシング(軌道の交差点)が設置されたのもこの交差点です。大阪市電の東西線と南北線という2つの重要路線がクロスしていましたが、昭和36(1961)年に東西線、昭和38(1963)年に南北線が廃止されたことにより撤去されました。

四ツ橋電車交叉点(大阪府写真帖)

 昭和12年(1937年)の大大阪観光地図です。心斎橋、大丸、そごう、文楽座、新町演舞場など名所と並んで、電気科学館の文字が赤字で大きく表示されています。電気科学館は四ツ橋交差点の北東角に建っていました。昭和12年(1937年)、日本で初の電気科学館(サイエンスセンター)としてオープンした施設で、東洋初のプラネタリウムを置いていました。パノラマ地図は大正13年発行ですので電気科学館は描かれていません。


大大阪観光地図の四ツ橋付近(国際日本文化研究センター蔵)
開館当時の電気科学館 (大阪市立科学館HPより)

 昭和29年(1954年)の最新大阪市街地図です。
昭和29年の四ツ橋付近(国際日本文化研究センター蔵)


 四つ橋筋には市電が走っていて南北線と呼ばれていました。大阪駅前と難波、恵美須町を結ぶ主要幹線でした。四ツ橋周辺の市電は昭和38年(1963年)に廃止されました。昭和40年(1965年)に地下鉄四つ橋線西梅田大国町間が開通しました。地下鉄四つ橋線は2015年に50周年を迎えました。

 名前の表記について、「四ツ橋」と「四つ橋」が使い分けられています。
 地名(橋名・交差点名・駅名)は、「四ツ橋」「四ツ橋駅」とカタカナの「ツ」、線名(道路名・地下鉄路線名)は「四つ橋筋」「四つ橋線」とひらがなの「つ」となっています。
 これは、道路を管理していた市の土木局(当時)と、交通事業(市電に四ツ橋の電停があった)を管理していた電気局(当時)が、監督官庁に別の表記で届け出たことに原因があると言われています。さらに、地下鉄路線名は通過する街路の名前(四つ橋筋)に合わせたのに対して、駅名は地名を採用したという結果、「地下鉄四つ橋線の四ツ橋駅」 のような表記になっています。

 地下鉄四つ橋線の名前の由来は、地名の四ツ橋→橋の近くを通る南北の道の名前が四つ橋筋→そこに地下鉄が建設されたので四つ橋線です。四ツ橋駅の構内は心斎橋駅とつながっていますが、線名になっているので四つ橋線の駅だけは四ツ橋駅を名乗っています。ちなみに、四つ橋線の信濃橋駅は中央線ができて本町駅とつながり、駅名も本町に変更になりました。なんば元町駅もなんば駅に統一されました。地元ゆかりの地名は残してもよかったように思います。

地下鉄四ツ橋駅の壁面デザイン
東側の橋の名前は?
地下鉄四ツ橋駅の壁面デザイン
西側の橋の名前は?
地下鉄四ツ橋駅の壁面デザイン
北側の橋の名前は?
地下鉄四ツ橋駅の壁面デザイン
南側の橋の名前は?

 現在では、大川、土佐堀川、堂島川、木津川、道頓堀、東横堀(いわゆるロの字の水路)を残して、ほとんどの堀が埋立てられています。西横堀川は埋め立てられて上が高速道路になっています。長堀川は埋め立てられて地下に地下街と駐車場が造られました。その上が現在の広い長堀通りになっていて、中央部が広い分離帯になっています。もと長堀の南部分は一部民有地になっているところもあります。


 現在「四ツ橋」は長堀通と四つ橋筋の交差点名となっています。本来の四ツ橋は、長堀川と西横堀川の交差部、つまり、長堀通と阪神高速1号環状線北行きの交差部なので、四ツ橋交差点は本来の四ツ橋の位置より少し西側にずれている事になります。なお、四ツ橋交差点の位置で長堀川に架けられている橋は「西長堀橋」です。

 四ツ橋交差点の東側、長堀通の中央分離帯にはミニ四ツ橋のモニュメントと案内板があります。案内板は高速道路(旧西横堀川)の西側の交差点の脇にあります。こちらは、わかりやすいと思います。


 阪神高速道路の東側には、江戸時代中期の俳人小西来山と上島鬼貫が詠んだ句碑が建っています。少しわかりにくいですが、かつて角屋橋が架かっていたところにあたります。

 上島鬼貫の句は「後の月 入て貌よし 星の空」で、小西来山の句は「涼しさに 四ツ橋を四ツわたりけり」となっています。



 吉野屋橋の北西角、四ツ橋交差点の北東角には、四ツ橋のシンボルとなっていた大阪市立電気科学館がありましたが、老朽化を理由に平成元年(1989年)5月に閉館。同年に北区中之島に大阪市立科学館がオープンしました。

 電気科学館は取り壊されて、現在はヴィアイン心斎橋長堀通を主テナントとする大阪市交通局所有の複合ビル「ホワイトドームプラザ」となっています。ビルの外観は、屋上部分がドーム状に造られるなど、電気科学館を模したデザインとなっています。
四ツ橋交差点のホワイトドームプラザ


 昔の地図を見ながらのまち歩き、古地図を片手に、スマホをお持ちの方はスマホに古地図を取り込んで、いろんな所へちょっと出かけてみませんか?

 スマートフォン(iPhone、アンドロイド)をご利用の方は、「こちずぶらり」というアプリを利用すると、GPS機能によって地図上に現在位置を表示させることができます。まち歩きの際などにその場所に昔は何があったかを現地で確認することができて便利です。
 大阪市パノラマ地図は、「こちずぶらり」に搭載されていますし、浪華名所独案内もこちらからダウンロードできます。

 今回は、「大阪市パノラマ地図」から、「四ツ橋」を取り上げました。古地図を見ながらのまち歩き、ブラタモリの気分で楽しんでみてはいかがでしょうか。


〇特別イベント  民家をたのしむ!民家をつたえる!

★Part1 シンポジウム「英国くらしの博物館 VS 大阪くらしの今昔館」
◇日  時:平成29年11月26日(日)10:00~12:30 (受付開始:9:40~)
◇「大阪くらしの今昔館の町家建築物語」谷 直樹(大阪くらしの今昔館館長)
 「体験することはわかること―Weald and Downland Living Museumの民家建築と伝統的なくらしの学びを生き生きとしたものにするために―」通訳あり
  Martin Purslow CEO of the Weald and Downland Living Museum
◇場  所:大阪市立住まい情報センター 3階 ホール
◇定  員:150名(事前申込、先着順)
      定員になり次第、締め切ります。
◇参 加 費:無料

 Weald and Downland Living Museum(ウィ-ルド・アンド・ダウンランドくらしの博物館)は、1972年に開園した英国イングランド南部にある民家博物館です。広大な敷地に、600年の時代を通じた52棟の民家が学術的な修復を受けて移築され、当時のくらしを再現しています。
 同館では、民家の建築的保全とくらしの技術の保存の両面から学習プログラムを提供しています。現代に暮らす人たちに民家の保全への意識を持ってもらうこと、また伝統的な生活の技やものづくりに関心を持ってもらうことが目的です。おとなのための学習プログラムやヨ-ク大学大学院と連携した民家の保存技術の専門的プログラムにも力を入れています。
 シンポジウムでは、英国くらしの博物館と江戸時代の町家を再現した大阪くらしの今昔館の事例から、民家を楽しみ、伝統的な建築技術を伝える方法を考えます。

●司会:碓田智子(博物館住まい学習研究会代表、大阪教育大学教授)
●通訳:和田美貴((一財)日本国際協力センター)


★Part2イベント 「大工体験! 匠の技」
①江戸時代の町並みで実演 手道具を使った大工の匠の技
 棟梁による、手道具を使った大工の伝統の技をご覧いただきます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:00
      (予約不要、自由見学)
◇場  所:大阪くらしの今昔館 9階常設展示室
◇参 加 費:無料(ただし常設展示室への入館料が必要)

②町家の二階の特別見学-町家の構造を見よう-
 通常は非公開の町家(薬屋)の2階に上がって、町家建築の構造をご覧いただきます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:00
      (要予約 シンポジウム申込者を優先)
◇参 加 費:無料(ただし常設展示室への入館料が必要)

☆匠の技を体験しよう!
 「ミニ削ろう会in今昔館」の大工さんから大工の技を教えてもらいます。
 鉋削りの体験や削り花でつくる「かんなフラワー」も楽しめます。お子さんも体験できます。
◇日  時:平成29年11月26日(日)14:00~16:30
◇場  所:大阪市立住まい情報センター 3階 ホール
◇参 加 費:無料

民家をたのしむ!民家をつたえる!
Let’s Learn from Historic Houses in the Museum
主 催:博物館住まい学習研究会、大阪くらしの今昔館
協 力:「ミニ削ろう会in今昔館」の大工棟梁のみなさん




申込はこちらからどうぞ。

≫ https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/32955


〇今週のイベント・ワークショップ

10月25日(水)~28日(土)30日(月)、11月1日(水)、2日(木)、4日(土)
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
時 間:11:30、14:30

10月29日(日)、11月3日(祝)、5日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00

10月28日(土)
ワークショップ 『バランスとんぼを作ろう』

⓵13時30分 ⓶14時30分
各回先着10名、参加費:200円
*当日12時より受付で参加整理券を販売します

11月3日(金・祝)
イベント 乙女文楽

上方の地で生まれ親しんだ芸能。磨かれた芸の技をご覧ください
出演:乙女文楽座
14時~15時

11月5日(日)
町家衆イベント 町の解説

江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00~16:00


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。


大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse