今回は「浪華の賑ひ」の「高津」をご紹介します。
■高津
遠眼鏡屋の云う、まづ最初正面に見えまするは道とんぼり川の橋々より芝居やぐら・ひいき幟(のぼり)、むかふは安治川(あじかは)・天保山(てんぽざん)、入ふね出ふねのけしき、右は摩耶山(まやさん)・武庫山(むこやま)・甲山(かぶとやま)、前は町々東西の御堂、左はなんば鉄眼(てつげん)・今宮のえびす・木津川口(きづかはぐち)・千本松の風景・淡路島より須磨の浦へかよふ千鳥のなく声も耳へあてたれば聞えますとは、あまり出たらめの口上なり。高津といへど豆腐のあたひいたつてひくし。風景は一にして二じるしの腹をなほす。
難波津に名も高き家のゆどうふはきやくをほきみと賑ひにけり 壷のいし文
浪華の賑ひ「高津」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
本文には、次のような説明があります。
■高津社
西高津にあり
祭るところ仁徳天皇にして、往古(いにしへ)高台(たかきや)の皇居の余風を摸(うつ)せり。もつとも大宮所の旧地は今の御城の辺なりしが、天正年間、豊公その地に府城を築きたまふにより、神社をここに遷したまふとぞ。境内に摂社・末社多し。高台の頌碑は本社の西傍にあり。平安の芥煥彦章甫(かいかんけんしょうほ)の撰する所なり。
この社頭は道頓堀の東にあたりて、一堆の丘山にして遙かに眺めば、浪花の市街をはじめ川口の出船入舟一瞬の中にありて風景第一の勝地なり。鳥居の傍には常に遠眼鏡を置きて詣人を悦ばしむ。
茶店の湯豆腐は世に名高く、石段下の植木屋には四時とも花絶えず。ことに牡丹の花壇は比類なき美観なり。宮前の石橋を梅の橋といひ、流れを梅川など号するは、浪花津の梅によるものなるべし。この橋の下に瑜伽社(ゆうがのやしろ)あり。寺を自性院(じしょういん)といふ。三十三所の観音堂・金毘羅祠等あり。
※瑜伽(ゆが)は、仏教におけるサンスクリット語「yoga योग」の音写語で、感覚器官が自らに結びつくことによって心を制御する精神集中法や、自己を絶対者に結びつけることによって瞑想的合一をはかる修行法をいう。最近の心身の健康法としてのヨーガもこれに由来する。
浪花百景にも「高津」と「吉助牡丹盛り」があります。
■高津(芳瀧画)
仁徳天皇ほか五神を祭神とし、社伝によれば、貞観8年(866)、大坂城付近、仁徳天皇難波高津宮の故地に創建したと伝えられています。その後東高津を経て、秀吉の築城に際し、天正11年(1583)現在地に移されたといわれます。社の西の断崖からの展望は難波津全体から六甲の山なみや須磨浦までを見渡せる名所でした。
画中には戦災でただ一つ残った海鼠塀の神輿蔵があり、石鳥居の下は西坂(縁切り坂)に続きます。左には絵馬堂があり、遠眼鏡屋が繁盛しました。境内の桜のほか、付近は梅の名所でもあり、参道には湯豆腐屋、黒焼き屋、植木屋が立ち並んでいました。
タイトル「浪華百景」の短冊、サブタイトル「高津」の色紙、絵師・板元名の短冊がすべてシンプルな赤地で控えめです。画面に集中できるように配慮しているのでしょうか。絵師は一養斎芳瀧で、板元の「石和」は「石川屋和助」を略したものです。
遠眼鏡屋が望遠鏡を貸している様子が描かれ、鳥居の向こうには道頓堀に架かる橋の姿とその向こうには港の船が、蔵の左手には両御堂の大屋根が描かれ、背景には大阪湾と六甲の山なみと、高津宮絵馬堂からの展望が詳しく描かれています。
浪花百景「高津」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
■吉助牡丹盛り(芳雪画)
現在中央区中寺1丁目にある自性院はもと高津神社境内にあり、「摂津大坂図鑑綱目大成」などには自性院の北隣に「うへ木や」と記されています。植木屋は下寺町や天満などにもたくさんありましたが、「摂津名所図会大成」は「就中高津の吉助を以て魁とす」と記しています。
広い邸内に様々な和漢の草木を集め、四時花の絶えることがなかったといわれます。とくに初夏の牡丹、晩秋の菊造りの名人とされ、季節には整えられた邸内に見物の人々が大勢詰めかけて美しさを愛でました。吉助の店は鴻池や加島屋などの豪商の庭も手掛けましたが、明治末期には閉じたと伝えられます。
牡丹の名人の吉助ということで、画面いっぱいに巨大な牡丹が描かれ、客がそれを見上げて歓声を上げるという奇抜な構図となっています。こちらの絵師は南粋亭芳雪で、タイトルは「浪花百景」です。短冊、色紙はいずれも無地ですがカラフルな色使いとなっています。彫り師の名前も入っています。
浪花百景「吉助牡丹盛り」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
摂津名所図会にも「高津宮(たかつのみや)」があります。こちらは巻の一の冒頭にあり、浪速の始元、摂津国号の基に続いて「難波高津宮」の記載があります。「仁徳天皇即位の御時初めて皇居を営みたまふ所なり。」に始まり、日本紀からの長文の引用により仁徳天皇紀略が記されています。
春色高台の図の画中の文章には、「なには津にさくやこの花冬ごもり今は春べとさくやこの花」の歌が引用され、「この花は梅の花をいふなるべし。仁徳聖帝、高台に眺み、人烟を観て課税を許(ゆる)す」と記載されています。
摂津名所図会「高津宮」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
このあと、夏景色氷室の肇、秋夜鹿の音を愛したまふ画、冬の日御綱葉(みつなかしは)を散らしたまふ体(御津の由来)の3枚の挿絵がありますが、ここでは省略します。
摂津名所図会は、このあと、大隅宮、長柄豊崎宮、味経宮(あぢふのみや)、「延喜式」による摂津の郡名の目次の記載があり、住吉郡、住吉大神社へと続きます。巻の二は東成郡(四天王寺・一心寺など)、巻の三には生國魂神社・今宮社・広田社などの説明がありますが、高津神社の記述はありません。
天保年間発行の「浪華名所獨案内」には、高津宮、ウヱキヤ、クロヤキヤ、梅ヤシキの文字が見られます。挿絵もついていて、モデルルートにも入っています。
「生玉宮」と「高津宮」の間に東西方向の通りが1本あり、谷町筋との交差点に「梅ガ辻」があります。「梅ガ辻」は現在も谷町筋の跨道橋の名前として残っています。
この通りは現在の千日前通りよりも1本北側の道と推定され、この通りと生國魂神社北門の間に真言坂があったものと思われます。藍色の線は、モデル観光ルートを示しています。
浪華名所獨案内(「津の清」蔵・上が東です) |
天保8年(1837)発行の天保新改攝州大坂全圖を見ると、生玉宮の北側に、「南坊」「医王イン」「観音イン」「桜本坊」「真蔵イン」「遍照イン」などの寺院が並んでいます。真言坂は「高津(宮)」の近くまで続いていたことが伺われます。
天保新改攝州大坂全圖(国際日本文化研究センター蔵) |
大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」では、高津神社の本殿や神輿蔵が描かれ、西側斜面の坂や石段も詳しく描かれています。
高津神社と生魂神社の間を結ぶ参道のつながりもよくわかります。
2つの神社の間に千日前通りが通り、市電が走っています。「下寺町」から「谷町九」に向かって上り坂になっていますが、市電が走れるように道路の傾斜を緩くする必要があり、「真言坂」の一部が埋め立てられたのかもしれません。
大阪市パノラマ地図(国際日本文化研究センター蔵) |
昭和12年発行の大大阪観光地図を見ると、「生玉神社」から北へ真言坂を下り、市電が走る千日前通りを渡って北へ進むと「高津神社」へ向かうことができたようです。
大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵) |
今昔マップ3を利用して、周辺地域の変遷を見てみます。
左上の明治41年では、上町筋、千日前通りともに拡幅前で、高津神社の参道と生國魂神社はつながっていました。
右上の昭和22年を見ると、白くなっている部分は戦災で焼失したエリアで、高津神社周辺は全焼となっています。生國魂神社との間に千日前通りができて、市電が走っています。上町筋も拡幅されて市電が走っています。千日前通り沿いに線上に建っている建物は、延焼を免れたのでしょうか?それとも、終戦直後に建てられたバラックでしょうか?
明治41年から最近の地形図(今昔マップ3より) |
左下の昭和42年を見ると、戦災から復興して全域が市街地化しています。2つの神社の間に等高線が何本も見え、高低差が分かります。市電はまだ健在です。高津神社の西側の松屋町筋のさらに西側の東横堀川の上を高速道路が通っています。
右下の最新地理院地図では、千日前通にも高速道路が通り、高津宮と生國魂神社の間にランプが設けられ、横断ができなくなりました。上町筋と千日前通りの市電は廃止され、谷町筋と千日前通りに地下鉄が通っています。
現在の様子を写真で見てみましょう。
1枚目の写真は、高津宮南正面の鳥居、2枚目は参道の石段、3枚目は拝殿、4枚目は参集殿「高津の富亭」。5枚目は、参道の途中にある「梅乃橋」。6枚目はなまこ壁の神輿蔵。7枚目は絵馬堂、8枚目は絵馬堂に奉納された額に描かれたかつての絵馬堂の風景。9枚目は現在の絵馬堂からの風景、ビルが建って視界が遮られています。10枚目は、階段下にある植木屋吉助店跡の案内板です。
高津宮鳥居 |
高津宮参道の石段 |
高津宮拝殿 |
高津宮参集殿「高津の富亭」 |
参道にある「梅乃橋」 |
なまこ壁の神輿蔵 |
絵馬堂 |
奉納された額、かつての絵馬堂が描かれている |
現在の絵馬堂からの眺め |
階段下にある植木屋吉助店跡の案内板 |
今回は、「浪華の賑ひ」の「高津」をご紹介しました。今昔館8階展示室の床面には大きく拡大した「大阪市パノラマ地図」がありますので、昔の地図、現代の地図と見比べながらお楽しみください。
「浪華の賑ひ」初編は、今回の「高津」が最後となります。初編の跋(あとがき)には、次のように記載されています。
≪此書は遠近の旅客浪花遊覧の便宜を本とし、且つは故郷への家土産になし給わん料にとて荒まし名所を著すものなり。原来其行き方の順路をつづりて一巻となしぬれど行程許多なれば一日には歩行かたし。されば高麗橋よリ始め天満川崎および桜の宮網島御城の辺りに至れば一日の遊覧事たるべし。而して又の日玉造の辺リよリして真田山味原池産湯梅やしき及び生玉高津の辺りまでを一日として可なり。尚次の日の順路は第二編に詳らかに著すべし。≫
ここまでに紹介した順路は1日で廻ることは難しいので2日に分けて廻ることを勧めています。
1日目は高麗橋からスタートして、天満・川崎・桜の宮・網島を経てお城の辺りまで。2日目は、玉造から真田山・味原池・産湯・梅屋敷を経て、生玉・高津まで。今の人にはちょっと無理かと思われます。昔の人は偉かった!
「浪華の賑ひ」は、三編までありますので、ここまでで全体の約3分の1をご紹介したことになります。次回から、二編に入っていきたいと思います。道頓堀から始まります。
〇貸しギャラリーについて
大阪くらしの今昔館の企画展示室は、館主催の企画展を開催するほか、住まいと暮らしに関わる展覧会の貸会場(ギャラリー)として、広く一般の方々のご使用を受け付けています。今年は9月14日から12月8日まで、書道展・絵画展など様々な作品展が開催されます。
催し物のご案内はこちらからどうぞ。
⇒http://konjyakukan.com/tenji.html
〇今週のイベント・ワークショップ
今昔館は毎週火曜日が休館日です。9月のカレンダーは、こちらです。
≫ http://konjyakukan.com/kaikanjikan.php?nextm=201909
9月18日(水)~21日(土)、25日(水)~28日(土)
町家ツアー
住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。
当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
時 間:①11:30~、②14:30~
(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
9月22日(日)、23日(月・祝)、29日(日)
町家衆イベント 町家ツアー
江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00
9月21日(土)~22日(日)
イベント 彼岸の屋台
「のぞきからくり」や「宝引き」など・・
昔ながらの遊びは、大人も子どもも楽しめます
13時~16時
9月22日(日)
今日は「どっぷり」今昔館!
大阪くらしの今昔館をミュージアムボランティア町家衆が半日間たっぷりとご案内します。今昔館にどっぷりと浸かってください。
当日は「彼岸の屋台」開催中で、「のぞきからくり」や「宝引き」など、昔ながらの遊びは、大人も子どもも楽しめます。
参加費は無料、今昔館の入館料(600円)が必要です。
12:45に、大阪くらしの今昔館8階エントランス前集合。
12:45~15:15 9階江戸時代のフロア、彼岸の屋台
(13:10~ 風呂屋シアター)
15:25~17:00 8階近代のフロア
(15:30~ 住まいの劇場)
途中からの参加、途中までの参加も可能です。
詳細と申し込みはこちらからどうぞ。
https://www.facebook.com/events/2715247875176595/
9月28日(土)
ワークショップ『ひき臼・すり鉢を体験』
定員なし、参加費無料
13時30分~15時
9月29日(日)
イベント 座敷舞
山村流の立方が町家の座敷で華やかな舞を披露します
舞い方:山村若女御一門 地方:菊央雄司 他
14時~15時
そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。
大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html
「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html
「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
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初めての方はこちらからどうぞ。
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