2020年12月2日水曜日

今週の今昔館(243) 墨染、有馬稲荷 20201202

〇淀川両岸一覧にみる江戸時代の大坂(23)

 「淀川両岸一覧」は、江戸時代の大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。このシリーズでは、淀川両岸一覧(上り船之部)に沿って、大坂から京都までの淀川左岸(川の流れから見て左側)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「墨染 有馬稲荷」をご紹介します。欣浄寺からさらに北へ、伏見街道を徒歩で京へ向かっていきます。

■墨染、有馬稲荷
 伏見の町から京へと向かう旅人は、欣浄寺を出て北に向かい次の墨染町通の角を右へ曲がり、右手に墨染寺を見て東へ進みます。次の伏見街道の角を左へ曲がって北へ向かい、藤森社を右に見て、稲荷社を経て京へと向かいます。

 挿絵は、伏見街道と墨染町通の辻を北西の方角から描いたものです。左の絵の中央寄りに見える鳥居が有馬稲荷。おそらく当時の旅人にとって、辻の南東角にある有馬稲荷はルートの目印となっていました。このポイントを挿絵に描きこむことにより、読者に街道の情報を伝える効果がありました。挿絵の右手前側が墨染通(西)、左手前側が伏見街道(北)となります。

 挿絵右には茶屋らしき建物(揚屋)が見え、客に呼ばれた芸妓が二人門口を入る場面が描かれています。江戸時代ここより南西の界隈には撞木町(しゅもくちょう)という遊里がありました。
 揚屋の東側には有馬稲荷社が、西側には墨染寺が建ちます。神仏に挟まれて遊廓が建つという、この浮世の混沌たる町並みは、街道筋繁栄の証でもあります。

淀川両岸一覧上船之巻「墨染、有馬稲荷」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)


 絵には描かれていませんが、揚屋の並びを西へ行くと桜の名所で知られる墨染寺があります。貞観十六(874)年に藤原良房が孫にあたる清和天皇の加護のために貞願寺を建立しましたが、時代の流れとともに荒廃し、豊臣秀吉によって墨染寺として再興されたと言います。
 墨染という名は、「古今集」の上野峯雄(かみづけのみねお)の和歌に因むものです。

 深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染にさけ

 昭宣公藤原基経の死を悼んで詠んだところ、墨染色の桜が咲いたことに由来します。
 本文には墨染の説明に「むかしはこの所までも深草といひて、野辺に桜多かりしとぞ。」とありますが、一方、墨染桜の説明として「堂前にあり。古歌によりて後世うゆる所なり。いにしへの墨染桜はこれよりはるか艮(うしとら)の方なりとぞ。今その古跡詳らかならず。」とあります。
 江戸時代にはすでに初代の墨染桜は絶えており、本堂の前の墨染桜は古歌にちなんで後世に植えられたものとのことです。

 挿絵の左上には賛の狂歌が記されています。

 桜木も およばぬふりの うつくしく 咲くゆふぐれの 墨染のはな 鶏成

 ここにいう「墨染のはな」は撞木町の遊女のこと。いにしえには追悼の意を汲んで詠まれた桜も、江戸時代には遊女の美しさと比較される対象となっていたことがわかります。
 ちなみに、詠者の「鶏成」は「鶏明舎暁鐘成(かねなる)」つまり「淀川両岸一覧」の編著者本人です。「傾城」に音を掛けているのです。

 都名所図会には、伏見墨染の挿絵があり、伏見街道が墨染でクランク状に折れ曲がっている様子が描かれています。北西から見た鳥瞰図で、絵の右手が南、左手が北になります。北から来ると突き当り左側に有馬稲荷神社があります。この絵では十字路ではなくT字路になっています。絵の中央には墨染寺が描かれています。


都名所図会「伏見墨染」
(国際日本文化研究センターデータベース)


 当時の風景を思い浮かべるため、明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)を見てみます。最も古い測量図で街道の様子がわかりやすいと思います。図の赤い線が京街道(伏見街道)です。墨染寺は図の緑色の丸印。赤い丸印が有馬稲荷があった場所になります。挿絵はこの交差点付近を地図の左上の方から描いた風景となります。当時は、赤丸と緑の丸の間に揚屋が建っていたということです。

明治22年陸地測量部地図(仮製地図)に加筆
国際日本文化研究センター蔵


 2枚目は、今昔マップを利用して墨染付近を拡大しました。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの。右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。地図にある疎水は明治期に築かれたものですから、江戸時代にはありません。右の地図の京阪電車墨染駅の左手に寺院の記号が2つ並んでいますが、上が墨染寺、下が欣浄寺です。左の地図では欣浄寺は表示されていません。駅の右下の交差点の南東角が有馬稲荷が建っていた場所になります。
 右の地図の黄色の線は府道、赤い線は国道を示しています。

今昔マップより墨染付近

 3枚目は地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものです。標高20mから5m刻みで色を変えてみました。墨染通は西から東へ向かって上り坂となっています。京街道(伏見街道)は墨染付近では黄緑色の標高30~35mの辺りを通っており、それに並行して京阪電車が通っています。伏見から墨染までの京街道は現在は府道となり、府道はそのまま北へと続いています。図の上部中央に寺院の記号が2つ見えますが、上の方が墨染寺です。

地理院地図+自分で作る色別標高図

 今回は、「淀川両岸一覧」の「墨染、有馬稲荷」をご紹介しました。


〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
 大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
 こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw



〇次回の企画展は「くらしと漆工」

 令和2年12月19日(土)〜令和3年2月14日(日)

 古来より漆は日本人のくらしや文化と密接に結び付いてきました。実用性と美観に優れる漆は、日用品としての食器類をはじめ、ハレの日の装身具や調度、建築装飾に至るまで幅広く用いられており、今日に至るまで日本の伝統文化を支え続けています。
 2001年の開館以来、大阪くらしの今昔館には「住まいの歴史と文化」に関する資料の一分野として、形も用途も様々な漆工品が集められました。
 本展では、それらのコレクションの中から魅力あふれる作品を選りすぐり、漆商いの中心地であった大坂所縁の作品とともに展観します。今昔館では初となる漆工をテーマにした展示を通し、長い歴史と共に育まれてきたその魅力に迫ります。

草花蒔絵引盃
草花蒔絵熨斗形香合
鉄線蒔絵双六盤


〇大阪くらしの今昔館は感染予防に注意して再開しています

 ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などのご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。

 今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ


〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
 今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
 こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf


 このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be


 また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be

https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4



〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
 重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
 こちらからご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be



〇企画展「景聴園×今昔館 描きひらく上方文化」は終了しましたが、紹介動画が公開されています。

 「景聴園(けいちょうえん)」は京都で日本画を学んだグループです。80〜90年代生まれの関西出身の作家5名と企画を担当する2名が所属し、2012年に結成されました。同世代でありながらも異なる制作スタイルを持つ作家たちを中心に、日本画を通して文化と歴史を再考することで絵画のあり方を見つめ、日夜議論を重ねながら制作と発表を続けてきました。第6回目を迎える今回の展示は、大阪での初開催となります。
 大阪くらしの今昔館は、大阪における住まいの歴史を紹介する一環として、江戸時代を中心に近代までの美術・歴史資料を所蔵しています。それらは床の間や座敷で掛軸や屏風として、生活の中を彩るものとして、生活に取り入れられてきました。時代の流れとともに住まいは郊外にうつり、座敷を持たない家も増え、生活の中で日本画に親しむ機会も少なくなってしまいました。しかし現在も、連綿と続いてきた日本画の歴史を継承して学び、絵を描くことについて問いかけながら制作活動をつづける人たちがいます。
 景聴園の作家たちは当館で展示をするにあたり、所蔵品の熟覧を重ねることで大阪の歴史と文化から着想を得て、それぞれのテーマを設けました。本展では、5者5様のアプローチによって描き出された景聴園の新作を中心に今昔館の所蔵品も交えながら、上方で発展してきた都市文化が持つ奥深い世界を展開します。

こちらから企画展の紹介動画をご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=JfeeQ8ShSgo&feature=youtu.be



〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
 大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
 こちらからどうぞ。
 ⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf



 大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
http://konjyakukan.com/index.html


 「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
 「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
http://www.sumai-machi-net.com/howtouse


0 件のコメント:

コメントを投稿