2024年6月5日水曜日

今週の今昔館(426) 館蔵品のご紹介 「四季耕作図」屏風 20240605

〇新収蔵品「四季耕作図」屏風 大森探雲 筆

 今回は、あんじゅ87号に掲載されている、摂南大学名誉教授・大阪くらしの今昔館特別研究員の岩間香氏が執筆された「新収蔵品「四季耕作図」屏風」を紹介します。「四季耕作図」屏風(注1)は、大阪くらしの今昔館が2020年度に購入した収蔵品です。

 江戸時代中期の安永2年(1773)に絵師の大森捜雲(おおもりそううん)が描いたもので、稲作や養蚕などの農作業や農村風景がいきいきと描かれている。
 この作品はこれまで全く知られていない新出資料で、保存状態も良く、美しい色彩が残っている。

 ここでは「四季耕作図」屏風の場面を詳しく紹介し、絵師の経歴に触れ、画題に込められた意味を読み解いてみたい。
 (注1)紙本着色 六曲一双。 各 97.0×298.2㎝

左隻
右隻









■描かれた風景
 最初に本屏風に描かれた内容を見ていこう。屏風は右隻(うせき)から左隻(させき)に季節が流れていく。

右隻

 右隻右端の早春の山道を薪売りが下りてくる。里には梅や桜が咲き誇っている。一〜二扇に描かれた養蚕農家は春の作業に忙しく、屋内では蚕紙から孵化したばかりの蚕を掃き落としている。外では桑の葉を刻み籠蚕に与え、籠を蚕棚に収めている(図1)。

図1 屋内では蚕紙から幼虫を掃き落としている

 二扇に描かれる鶏合わせは宮中では三月三日の行事。農村風景になじむ伝統的な春の景物(けいぶつ)をさりげなく描きこんだのであろう。三扇の獅子舞と太鼓の曲打ちをともなう太神楽は、春にめぐってくる芸能の民であった(図2)。

図2 旅廻りの太神楽。太鼓のばちを高く放り投げる

 五〜六扇では田おこしと田植えが始まっており、豊かな水が初夏の訪れを告げている。田にめぐらされた灌漑(かんがい)用水や複雑な水門は、実際のものをよく観察して描かれている。右隻左端で注連縄(しめなわ)がはられている水田は、神社に奉納する米を作る神田であろう。

 一方左隻には夏から秋にかけての米農家が描かれる。

左隻

 一〜二扇では稲刈りが行われ、三扇では大根畑の横に作られた稲架(はさ)に稲を干している。村の塞(さい)の神をまもる大木も、今は絶好の干場となっている(図3)。

図3 村の境で悪鬼や疫病から村をまもる塞の神。そばの大木に稲が干される

 四〜五扇では村中総出で脱穀、籾すり、俵詰めが行われている。少し大きな子は唐箕(おうみ)から落とす籾を団扇(うちわ)であおぎ、ごみと選別する風選(ふうせん)を手伝っている(図4)。

図4 こき箸(右奥)と千歯こき(中)で稲から籾をはずし、
風で籾殻を選別する(手前)

 千歯こき、唐棹(からさお)、土臼などの農具は、本屏風を鑑賞する、農民ではない人々の興味をひいたことであろう。目立たないが農家の奥では繭とりがおこなわれている。六扇目では新しい米俵が左端の神社に運ばれていく。

 太鼓を鳴らしているのは初穂を奉納する祭りが行われているのであろう。遠くの山には雪がつもり、冬の訪れを告げている。稲作と養蚕の一年が、季節の風俗や美しい風景とともにいきいきと描かれているのである。

■絵師 大森捜雲と大坂

図5
 この「四季耕作図」屏風の両端には「法橋捜雲行年(ほっきょうそううんこうねん)七十歳筆」の墨書と朱文円印「守一(もりかず)」があり(図5)、作者は江戸中期の絵師、大森捜雲であることが分かる。

 捜雲については、文化15年(1818)の『本朝古今新増書画便覧(ほんちょうここんしんぞうしょがびんらん)』に「捜雲 鶴沢探山の門人。大森氏。名は守一。法眼(ほげん)に叙(じょ)す」とある。

 師の鶴沢探山は狩野探幽の門人で、京都に来て鶴沢派の祖となった絵師である。捜雲の作品は本図の他にも数点が知られており、その一つ「猩々(しょうじょう)・東山・西山図」に「六十三歳」の落款(らっかん)と明和3年(1766)の箱書があることから、宝永元年(元禄17年-1704)の生まれであることが明らかになる。

 三〜四十歳代には絵手本や本の挿絵を描いていたが、明和2年には園城寺法明院の襖絵を描き、六十三歳の時にはすでに法橋位を得ていた(注2)。明和7年には仙洞御所(後桜町院)の襖絵も揮毫しており(注3)、当時高名な絵師であったことが分かる。

(注2)捜雲は1767年に法橋、1773年に法眼位を得たとされる
   (『近世京都の狩野派展図録』京都文化博物館、2004)

(注3)宮内庁書陵部蔵「造内裏御指図御用記」寛政元年4月6日条

 本図は捜雲七十歳、すなわち安永2年(1773)の作品で、現在判明している中では最晩年の作になる。ところで近世画伝書を集大成した『大日本書画名家大鑑』(昭和9年刊)は次のように記す。

捜雲〔画〕大森捜雲、名は守一、大阪の画家、鶴沢探山の門に学び、よく其法を得たり 法眼、享保頃
捜月〔画〕大森捜月、大阪の画家、捜雲の義子、養父に学び、家声を墜さず、宝暦頃の人
捜朴〔画〕梶 捜朴、大阪の人、画を大森捜雲の門に学ぶ、宝暦頃の人

 捜雲が「大阪の画家」と記されたのはこの資料だけであるが、鶴澤探山の門人には、橘守国(たちばなもりくに)、小柴守直(こしばもりなお)、林幽甫(はやしゆうほ)、牲川充信(にえかわみつのぶ)など大坂の絵師が多くいた。

 捜雲の挿絵による『画本福寿海(えほんふくじゅかい)』は、大坂の本屋で改題と再刊を繰り返しており、大坂とは深い関わりがあったと考えられる。

■耕作図に込められた意味
 本図の拠り所となったのは中国から伝来した耕織図(こうしょくず)である。耕織図は南宋の県令であった楼璹(ろうちゅう)(1090〜1162)が農業に関心をもち、水稲耕作二一景、養蚕製織二四景の画に詩を添えて高宗に献じたものが広まったとされる。

 耕織図は為政者が農民の労苦を知る「勧戒(かんかい)」や、農業を奨励する「勧農」の意味があり、中国でも様々なものが作られた。日本には室町時代に伝わり、漢画すなわち中国風の画題として襖や屏風に水墨画で描かれた。江戸時代になると幕府御用絵師の狩野探幽が四季耕作図屏風を描き、一門に大きな影響を与えている。

 延宝4年(1676)には狩野永納(えいのう)が『耕織図』を復刻出版している(図6)。しかし江戸中期になると諸派の絵師により、日本の風俗による四季耕作図が彩り豊かに描かれるようになる。身近な画題である四季耕作図は「勧戒」の意味が薄れ、風俗図として広く親しまれるようになった。その多くはより身近な稲作に特化し、養蚕を描く例は減少した。

図6 『耕織図』(1676)狩野永納による模写付記
『耕織図』は国立国会図書館ウェブサイトから転載

 本図は日本の風俗で描かれ、稲作や村の様子は写実的である。しかし養蚕の場面は少なく、蚕棚が屋外に描かれるなど、実見していない可能性が高い。あえて手本を参照して養蚕を描きいれることにより、『耕織図』の伝統を踏まえた作としたのであろう。

 また季節を表す月次(つきなみ)景物が随所に描かれ、大和絵の伝統も生かされている。山には桜の下で小袖を翻して踊る人々や、紅葉狩りで歌を詠む武家の家族なども描かれる。金雲を用いて彩色も美しい本図が、教養豊かな鑑賞者を想定していることが推測できる。

 本図は大森捜雲が安永2年、七十歳の最晩年に制作したことの明らかな基準作である。禁裏御用(きんりごよう)も務めた捜雲の絵は丁寧で品格がある。くわえて太神楽、猿曳(さるひき)、傀儡師(くぐつし)(図7)などの芸能、目隠し鬼や相撲などの子どもの遊び、街道を行く山伏や旅人など、農村の生活がいきいきと表現されている。

図7 傀儡師は芸の終わりに猫のようなものを出して子どもを追いまわした

 保存もよく、さまざまな情報のある本作は、今後大阪くらしの今昔館で展示や教育への活用が期待できる。

        岩間 香(摂南大学名誉教授・大阪くらしの今昔館特別研究員)


〇6月1日よりミュージアムショップが再開しました

 今昔館が発行する刊行物(図録)や各種地図はもとより、和小物や大阪のお土産物など取り揃えております。どうぞご利用ください。


〇企画展「春夏秋冬 花鳥風月に遊ぶ」開催中です

2024年4月20日(土)〜2024年6月23日(日)

 大阪くらしの今昔館では、近世から近代にかけて大阪で活動した絵師(大阪画壇)の作品を収集しています。彼らの作品の多くは、四季折々のまちの景観や年中行事を画題としています。 経済都市として繁栄した大坂の市中は商家が密集して建ち、自然の風物に触れられる場所は限られていました。都市に暮らす人々は絵画によって、四季の移ろいや自然の風情を感じ取っていました。

 本展では月岡雪鼎(つきおか せってい)、佐藤魚大(さとう ぎょだい)、西山完瑛(にしやま かんえい)、菅楯彦(すが たてひこ)、五井金水(ごい きんすい)など、近世から近代にかけての大阪画壇の作品を展示します。大阪の人々が愛好した春夏秋冬・花鳥風月の世界をお楽しみください。

以下2点の展示は終了しました。
・「桜下美人図」佐藤魚大
・「源氏物語図屏風」個人蔵

入館料
企画展:500円
常設展+企画展:一般1,000円(団体900円)、高・大生700円(団体600円)(要学生証原本提示)

※団体は20名以上
※中学生以下、障がい者手帳・ミライロID等提示者(介護者1名を含む)、
 大阪市内在住の65歳以上の方は無料(要証明書原本提示)

「源氏物語図屏風 右隻」個人蔵
「源氏物語図屏風 左隻」個人蔵
「四季花鳥図」
「定家詠十二ヵ月押絵貼屏風」月岡雪鼎
「桜下美人図」佐藤魚大
「大川夕涼図」西山完瑛
「春風小午 野崎参り」菅楯彦


〇ワークショップ・イベントのご案内
 和文化体験のワークショップやパフォーマンスです。どうぞお楽しみください。
 *スケジュール表はこちら≫https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/event
 定員がある当日先着イベントは8階受付で12時から参加券を発行しています。


〇入場料のお知らせ
【常設展】一般600円(団体500円)
     高校生・大学生300円(団体200円)
【企画展】展覧会ごとに料金が異なります。
     ホームページをご覧ください。
     ※常設展と企画展のお得なセット券も販売しております。

(注)団体は20名以上
(注)高校生・大学生は学生証原本要提示
(注)中学生以下、障がい者手帳等持参者(介護者1名を含む)、大阪市内の在住の65歳以上の方は無料(証明書原本(運転免許証、健康保険証、敬老優待乗車証、障がい者手帳等、またはミライロID)要提示)

今昔館は、毎週火曜日が休館日となっています。
 https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/guide


〇風呂屋シアターもリフレッシュ
「桂米朝・米團治と行く 大坂むかしまち巡り」と題して、商家の賑わいを紹介しています。


〇着物体験サービス

感染症対策のため中止しておりました、着物体験サービスを再開しています。

着物(夏季は浴衣)に着替えて江戸時代の町並みを散策することができます。洋服の上からはおる簡単な着付けなので気軽にご利用いただけます。

●受付時間 10:00〜
●受付場所:9階着物コーナー(人形屋)
●料金:お1人につき1回1000円
●体験時間:30分(着替え時間を含まない)
●定員:先着100名様/日

※身長制限 110cm以上
※国内外に関わらず、小学校・中学校団体様の着物体験利用の受付は行っておりません。

【ご提供するサービスの内容】
・着物・草履のレンタル
・着付け ※服の上から着物を着ていただきます。
・上着、厚手の衣類(セーター、トレーナー等)は脱いでください。



〇反物着装パフォーマンス
約13メートルの長さの反物を2個のクリップと帯紐だけで、あたかも着物を着たかのように着装します。まるで手品のようです。
場 所:9階呉服屋
日 時:不定期(イベントスケジュールをご覧ください)
※町家衆のパフォーマンスをご覧ください。着装の体験はできません。



〇住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」とは?

 「住まいの歴史と文化」をテーマにした、日本で初めての專門ミュージアムである「大阪くらしの今昔館」は、2001年4月26日に開館しました。2023年4月26日に開館22周年を迎えました。これからも、大阪くらしの今昔館をどうぞよろしくお願いいたします。

 住まい情報センターのビルの9階「なにわ町家の歳時記」は、江戸時代のフロア。天保初年(1830年代前半)の大坂の町並みを実物大で復元しています。
 8階「モダン大阪パノラマ遊覧」は、明治・大正・昭和のフロアで近代大阪の住まいと暮らしを模型や資料で展示。
 さらに企画展示室では特別展や企画展を開催しています。

 前館長の谷直樹先生と新館長の増井正哉先生がこれまでの道のりを振り返り、これからの課題について語り合う動画が公開されています。
 こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=kFW0qbelLNo



〇「今昔館 まなびプログラム」が公開されています
 大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
 こちらからどうぞ。
 ⇒https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/manabi_program/今昔館 まなびプログラム




〇おうちにいながらミュージアムを楽しもう!
 今昔館の展示関連の動画を集めました。
https://www.youtube.com/@user-zy5nw1vs2o


 英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
https://www.youtube.com/watch?v=lOgkk5mfaT0
 https://www.youtube.com/watch?v=1ZFcAzP08Ys



 今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編公開されています。動画を見てから見学すると、見どころがよくわかると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be


https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4



〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
 大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw



〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
 重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
 こちらからご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be



〇天満天神繁昌亭コラボレーション企画【チケ得】が始まりました

「天満天神繁昌亭」×「大阪くらしの今昔館」

コラボレーション企画【チケ得】が始まりました!
窓口でチケット半券を提示していただくとお得に入場、入館していただけます。
詳細は以下に記載しておりますのでご利用の前にご確認ください。
(実施期間2023年8月1日(火)~2024年3月31日(日))

■天満天神繁昌亭にお得に入場■
「大阪くらしの今昔館」のチケット半券を提示すると
「天満天神繁昌亭」の入館料が300円OFF!!

※対象チケットは公演日より30日間有効
※窓口でお買い求めの際にのみ適用されます
※昼席一般当日入場料から300円引きいたします(例)当日料金2,800円が2,500円に!!
※半券1枚につき1名様1回限り利用可
※満席の場合はご利用いただけません
※その他割引との併用はできません
※ご利用いただけない日程がございます。詳しくは天満天神繁昌亭にお問い合わせください

■大阪くらしの今昔館にお得に入館■
「天満天神繁昌亭」のチケット半券を提示すると
「大阪くらしの今昔館」の入館料が100円OFF!!

※対象チケットは公演日より30日間有効
※窓口でお買い求めの際にのみ適用されます
※入館料から100円引きいたします(例)常設展大人600円が500円に!!
※半券1枚につき1名様1回限り利用可
※企画展のみの場合は割引できません
※その他割引との併用はできません
※ お支払い方法は現金のみとなります



 大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/


 「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
 「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html



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