淀川両岸帖
「淀川両岸帖」は、江戸時代の絵師・円山応挙(まるやまおうきょ)(1733~95)が描いた「淀川両岸図巻」(重要文化財)の中から選択した六場面を、昭和15年(1940)に大阪画壇の重鎮である庭山耕園(にわやまこうえん)(1869~1942)の一門が忠実に模写し、画帖に仕立てたものである。
原本である応挙の「淀川両岸図巻」は、宝暦13年(1763)に下絵が、明和2年(1765)に本画が完成した。それは、京都の伏見から大坂の八軒家にいたる淀川両岸の風景を、船上から見たかのように描いたことで広く知られている。この時期の応挙は、眼鏡絵の制作を通じて西洋画の遠近法や陰影法を修得し、自身の作風を確立しつつあった。山ひだや波の写実的な表現はその成果といえる。現在、「淀川両岸図巻」は公益財団法人アルカンシエール美術財団が所蔵し、ハラミュージアム アーク(群馬県渋川市)に収蔵されている。
淀川両岸帖(伏見乗舩場) |
最初は「伏見乗舩場」の場面。右端には参勤交代で使う六艘の御座船が停泊しており、藩の旗印を掲げている。そして大坂への船が出帆する南浜周辺の町並みが描かれている。
淀川両岸帖(淀城) |
「淀城」の場面。画面の下半分に描かれた淀城は、京都の南を警護する譜代大名の城で、左端に名物の大きな水車が描かれている。明治時代の改修工事以前の宇治川は、淀城の北側を流れていました。
淀川両岸帖(八幡山崎) |
「八幡山崎」は、画面の上に天王山が、下には男山が上下反対に描かれ、ちょうど船上から見渡したような臨場感にあふれている。この地は古来、京に入る要衝で、天王山は明智光秀と羽柴秀吉の両軍が戦った山崎の古戦場、男山には石清水八幡宮が鎮座し、都の裏鬼門を守護していた。伏見に停泊していた御座船が、ここでは帆いっぱいに風を受けて大坂に向かっている。
淀川両岸帖(枚方) |
「枚方」は、画面の下に枚方宿が描かれている。宿の中心部の建物は瓦葺きであるが、周辺部が草葺きに描かれており、当時の民家の屋根材料の普及状況がよく分かる。
淀川両岸帖(守口) |
「守口」は、大坂から二里という京街道最後の宿場で、本陣は一ヵ所、旅籠は二七軒あった。守口周辺の淀川は、流域ではもっとも難所で、波立つ急流が見事に表現されている。
淀川両岸帖(浪花天満橋) |
最後は「浪華天満橋」である。薄暮の迫る八軒家の港に御座船が停泊している。旗印や提灯に杏葉(ぎょうよう)紋と見える家紋があるので、佐賀鍋島藩の御座船ではないかと思われる。大坂の町並みは、残念ながら数件の町家の屋根しか描かれていない。本図で模写された六景は、淀川の名所として様々な絵画の題材に取り上げられた場所であった。
今昔館所蔵の「淀川両岸帖」には、制作の経緯を書いた別紙が存在する。
於大阪城紀州御殿
寫先師圓山應擧先生淀川両岸絵巻
枚方萬里荘田中太介雅君請嘱
昭和庚辰五月 七十二叟後学耕園題簽
伏見乗舩場 門人香桂(印)
淀城 門人章園(印)
八幡山崎 門人耕風(印)
枚方 門人耕秋(印)
守口 門人耕喬(印)
浪華天満橋 耕園(印)(印)
これは昭和15年5月に庭山耕園が記したもので、大阪城の紀州御殿(天臨閣)において円山応挙の淀川両岸絵巻を模写したこと、依頼主は枚方萬里荘(ばんりそう)の田中太介という人物であること、模写の分担は、「伏見乗舩場」を山田香桂、「淀城」を春元章園、「八幡山崎」を熊田耕風、「枚方(ひらかた)」を乙馬耕秋、「守口」を耕喬、そして最後の「浪華天満橋」を耕園自身が担当したことが分かる。
庭山耕園は姫路の生まれで、父が姫路藩大坂蔵屋敷につとめていたことから、廃藩置県後は大阪北船場に居住した。大阪の日本画家・上田耕冲(1819~1911)に師事し、四条派の瀟洒で淡麗な花鳥画を好んで描いた。また、大阪画学校の開設に参加し、大阪絵画協会委員、大阪美術会顧問をつとめるなど大阪画壇で重きをなし、さらに円山応挙の絵の鑑定を行なっていた。
模写風景(大阪城紀州御殿内) |
模写風景の写真によると、紀州御殿の板敷の廊下とおぼしきところに茣蓙を敷き、絵巻物をすべて広げて、一斉に模写にとりかかったことが分かる。
ところで、模写の依頼主であった田中太介(1876~1963)は、大正9年(1920)に尼崎で鉄道車両を製造する田中車輌工場を創業し、当時は関西財界の有力者であった(昭和15年当時は田中車輌株式会社。近畿車輛株式会社の前身)。京阪枚方公園駅の東の高台にあった彼の私邸は、「三万坪を擁して大丘陵に陣取り、淀の眺望を真下に見る絶景で、洋館あり茶屋あり、それぞれ輪奐(りんかん)の美を誇り」と記されている(『新東亜建設を誘導する人々』459頁、日本教育資料刊行会、昭和14年)。昭和6年(1931)には秩父宮(ちちぶのみや)がここに滞在し、眼下の雄大な淀川を見て「萬里荘」の名を付けた。萬里荘の別棟の茶室は広島県呉市に移築され、「松籟亭(しょうらいてい)」と名付けられて現存している(国登録文化財。昭和九年、平田雅哉の作品)。田中は自らの半生を描いた画帖を制作し、松下幸之助に茶道の師を紹介し、美術品を収集するなど文化にも造詣が深い人物であった。そして、東京の実業家である原家が所有していた「淀川両岸図巻」の原本を借用し、大阪画壇の重鎮であった日本画家の庭山耕園に模写の制作を依頼したのである。
こうして完成した「淀川両岸帖」は、丁寧で精緻な模写によって原本の芸術性を余すところなく伝えている。庭山耕園が四条派の源流である応挙を尊崇し、真摯に制作に打ち込んだことが伺えよう。耕園一門は帝展などの全国画壇に出品しなかったが、伝統的な高い技術を擁していたことは、この作品から明らかになる。また模写の制作は、大大阪の発展に寄与し大阪経済界を代表する一人である田中太介が企画したものであった。
本図は近代大阪の歴史と美術史の重要な資料である。加えて、大阪の文化・歴史を語る上で淀川の存在は計り知れないものがある。今昔館がすでに所蔵している「よと川の図」(一八世紀末)と合わせて考察することで、往時の淀川の景観や生業、交通など、さまざまな情報発信が期待できる作品である。
新収蔵品「淀川両岸帖」について(岩間 香(摂南大学名誉教授・日本美術史))あんじゅ83号より
作品名:淀川両岸帖
作家名:庭山耕園 他
(原本 円山応挙)
制作年代:昭和15年(1940)
形式:6曲1双
法量:第1図:縦482.2cm 横120.7cm
第2図:縦482.2cm 横120.6cm
第3図:縦482.2cm 横120.7cm
第4図:縦482.2cm 横121.0cm
第5図:縦482.2cm 横210.8cm
第6図:縦482.2cm 横180.4cm
〇イベントのお知らせ
「ゴールデンウイークは今昔館におでかけ」を開催します!
日時:2024年5月4日(土・祝)~5月6日(月・振休)
観覧料:無料(※入館料が必要です)
https://www.osaka-angenet.jp/event/390
■スケジュール
「今昔館の風景を額縁に飾ろう」
4日(土・祝)13:00~15:00
場 所:8階ロトンダ
材料費:300円
定 員:当日先着16名
「あてもの」
5日(日・祝)10:00~16:00
場 所:8階インフォメーション横
定 員:当日先着200名(小学生以下)
「兜を折ろう」
5日(日・祝)13:30~15:00
場 所:8階ロトンダ
材料費:100円
定 員:当日先着16名
「紙芝居特別口演」
6日(月・振休)13:00~15:00
場 所:8階ロトンダ
※9階展示室も「夏祭りの飾り」に変わっています!
〇企画展「春夏秋冬 花鳥風月に遊ぶ」開催中です
2024年4月20日(土)〜2024年6月23日(日)
大阪くらしの今昔館では、近世から近代にかけて大阪で活動した絵師(大阪画壇)の作品を収集しています。彼らの作品の多くは、四季折々のまちの景観や年中行事を画題としています。 経済都市として繁栄した大坂の市中は商家が密集して建ち、自然の風物に触れられる場所は限られていました。都市に暮らす人々は絵画によって、四季の移ろいや自然の風情を感じ取っていました。
本展では月岡雪鼎(つきおか せってい)、佐藤魚大(さとう ぎょだい)、西山完瑛(にしやま かんえい)、菅楯彦(すが たてひこ)、五井金水(ごい きんすい)など、近世から近代にかけての大阪画壇の作品を展示します。大阪の人々が愛好した春夏秋冬・花鳥風月の世界をお楽しみください。
以下2点は5月20日(月)までの展示となります。
・「桜下美人図」佐藤魚大
・「源氏物語図屏風」個人蔵
入館料
企画展:500円
常設展+企画展:一般1,000円(団体900円)、高・大生700円(団体600円)(要学生証原本提示)
※団体は20名以上
※中学生以下、障がい者手帳・ミライロID等提示者(介護者1名を含む)、
大阪市内在住の65歳以上の方は無料(要証明書原本提示)
「源氏物語図屏風 右隻」個人蔵 |
「源氏物語図屏風 左隻」個人蔵 |
「四季花鳥図」 |
「定家詠十二ヵ月押絵貼屏風」月岡雪鼎 |
「桜下美人図」佐藤魚大 |
「大川夕涼図」西山完瑛 |
「春風小午 野崎参り」菅楯彦 |
〇ワークショップ・イベントのご案内
和文化体験のワークショップやパフォーマンスです。どうぞお楽しみください。
*スケジュール表はこちら≫https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/event
定員がある当日先着イベントは8階受付で12時から参加券を発行しています。
〇入場料のお知らせ
【常設展】一般600円(団体500円)
高校生・大学生300円(団体200円)
【企画展】展覧会ごとに料金が異なります。
ホームページをご覧ください。
※常設展と企画展のお得なセット券も販売しております。
(注)団体は20名以上
(注)高校生・大学生は学生証原本要提示
(注)中学生以下、障がい者手帳等持参者(介護者1名を含む)、大阪市内の在住の65歳以上の方は無料(証明書原本(運転免許証、健康保険証、敬老優待乗車証、障がい者手帳等、またはミライロID)要提示)
今昔館は、毎週火曜日が休館日となっています。
https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/guide
〇風呂屋シアターもリフレッシュ
「桂米朝・米團治と行く 大坂むかしまち巡り」と題して、商家の賑わいを紹介しています。
〇着物体験サービス
感染症対策のため中止しておりました、着物体験サービスを再開しています。
着物(夏季は浴衣)に着替えて江戸時代の町並みを散策することができます。洋服の上からはおる簡単な着付けなので気軽にご利用いただけます。
●受付時間 10:00〜
●受付場所:9階着物コーナー(人形屋)
●料金:お1人につき1回1000円
●体験時間:30分(着替え時間を含まない)
●定員:先着100名様/日
※身長制限 110cm以上
※国内外に関わらず、小学校・中学校団体様の着物体験利用の受付は行っておりません。
【ご提供するサービスの内容】
・着物・草履のレンタル
・着付け ※服の上から着物を着ていただきます。
・上着、厚手の衣類(セーター、トレーナー等)は脱いでください。
〇反物着装パフォーマンス
約13メートルの長さの反物を2個のクリップと帯紐だけで、あたかも着物を着たかのように着装します。まるで手品のようです。
場 所:9階呉服屋
日 時:不定期(イベントスケジュールをご覧ください)
※町家衆のパフォーマンスをご覧ください。着装の体験はできません。
〇住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」とは?
「住まいの歴史と文化」をテーマにした、日本で初めての專門ミュージアムである「大阪くらしの今昔館」は、2001年4月26日に開館しました。2023年4月26日に開館22周年を迎えました。これからも、大阪くらしの今昔館をどうぞよろしくお願いいたします。
住まい情報センターのビルの9階「なにわ町家の歳時記」は、江戸時代のフロア。天保初年(1830年代前半)の大坂の町並みを実物大で復元しています。
8階「モダン大阪パノラマ遊覧」は、明治・大正・昭和のフロアで近代大阪の住まいと暮らしを模型や資料で展示。
さらに企画展示室では特別展や企画展を開催しています。
前館長の谷直樹先生と新館長の増井正哉先生がこれまでの道のりを振り返り、これからの課題について語り合う動画が公開されています。
こちらからどうぞ。
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=kFW0qbelLNo
〇「今昔館 まなびプログラム」が公開されています
大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
こちらからどうぞ。
⇒https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/manabi_program/今昔館 まなびプログラム
〇おうちにいながらミュージアムを楽しもう!
今昔館の展示関連の動画を集めました。
⇒https://www.youtube.com/@user-zy5nw1vs2o
英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=lOgkk5mfaT0
https://www.youtube.com/watch?v=1ZFcAzP08Ys
今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編公開されています。動画を見てから見学すると、見どころがよくわかると思います。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be
⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4
〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw
〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be
〇天満天神繁昌亭コラボレーション企画【チケ得】が始まりました
「天満天神繁昌亭」×「大阪くらしの今昔館」
コラボレーション企画【チケ得】が始まりました!
窓口でチケット半券を提示していただくとお得に入場、入館していただけます。
詳細は以下に記載しておりますのでご利用の前にご確認ください。
(実施期間2023年8月1日(火)~2024年3月31日(日))
■天満天神繁昌亭にお得に入場■
「大阪くらしの今昔館」のチケット半券を提示すると
「天満天神繁昌亭」の入館料が300円OFF!!
※対象チケットは公演日より30日間有効
※窓口でお買い求めの際にのみ適用されます
※昼席一般当日入場料から300円引きいたします(例)当日料金2,800円が2,500円に!!
※半券1枚につき1名様1回限り利用可
※満席の場合はご利用いただけません
※その他割引との併用はできません
※ご利用いただけない日程がございます。詳しくは天満天神繁昌亭にお問い合わせください
■大阪くらしの今昔館にお得に入館■
「天満天神繁昌亭」のチケット半券を提示すると
「大阪くらしの今昔館」の入館料が100円OFF!!
※対象チケットは公演日より30日間有効
※窓口でお買い求めの際にのみ適用されます
※入館料から100円引きいたします(例)常設展大人600円が500円に!!
※半券1枚につき1名様1回限り利用可
※企画展のみの場合は割引できません
※その他割引との併用はできません
※ お支払い方法は現金のみとなります
大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ https://www.osaka-angenet.jp/konjyakukan/
「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html
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