2020年12月22日火曜日

今週の今昔館(246) 宝塔寺 20201222

〇淀川両岸一覧にみる江戸時代の大坂(26)

 「淀川両岸一覧」は、江戸時代の大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。このシリーズでは、淀川両岸一覧(上り船之部)に沿って、大坂から京都までの淀川左岸(川の流れから見て左側)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「宝塔寺」をご紹介します。藤森神社から街道筋に戻り、さらに北へ足を進め、伏見稲荷に至る少し手前の稲荷山の山麓に宝塔寺があります。

■宝塔寺
 
 宝塔寺の堂宇は、稲荷山の峯づたいに東に細長く伸び、その中央に本堂があります。その様子は「都名所図会」の挿絵に描かれています。「淀川両岸一覧」に描かれているのは寺の入口で、「南無妙法蓮華経」と刻んだ石塔に見られるように日蓮宗の寺院です。元来この寺は真言宗でしたが、鎌倉末期に住職が日像上人に帰依してから改宗したと伝えられています。
 この寺の手前に建つ瑞光寺も同じく日蓮宗の寺院で、元政上人の創建によります。境内にある竹を三本植えただけの上人の簡素な墓には、古来縁切り信仰があり、女性が駒下駄を履き、上人の墓のまわりを掃き清め、墓標の竹の葉を一枚取って相手の男の襟に縫い込んでおけば、縁が切れるといわれていました。

淀川両岸一覧上船之巻「寳塔寺」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

都名所図会「寳塔寺」
(国際日本文化研究センターデータベース)


 深草山宝塔寺は日蓮宗妙顕寺派の寺院です。本文の解説には次のようにあります。

 ≪当寺は旧極楽寺にして真言、律を兼ねたり。延慶年中より法華道場と改む。≫

 そもそもこの地は、昌泰二年(899)に建立された極楽寺のあったところ。「源氏物語」の「藤裏葉」のなかで、内大臣の母の法要が行われる寺院として登場します。藤原氏の菩提寺として栄えましたが、その後、時代の移り変わりとともに荒廃します。鎌倉時代の後期、日像上人によって再興され、真言宗から日蓮宗に改められました。

 「淀川両岸一覧」の絵は伏見街道から宝塔寺を眺めた風景を描いています。街道沿いには「寶塔寺」の石碑が建ち、旅人にその存在を知らせています。また、右側にある松の大木の向こうに「南無妙法蓮華経」と刻まれた石碑も見えます。
 その石碑を街道から指さす男女の旅人。振袖の娘さん、かつてこの場所で結婚の許しを得た夕霧と雲居雁のことを思い出しているのかもしれません。「ここにお参りをすれば、幼い頃の恋は成就するんやろうか。」現在、宝塔寺門前に極楽寺町という地名だけが残り、往時をしのばせています。
 また、宝塔寺の北側に、百丈山石峰寺という黄檗宗の寺院があります。当寺は正徳三年(1713)、黄檗山萬福寺の六世千呆(せんがい)和尚により、禅道場として創建されました。本文の解説は次のとおりです。

 ≪当寺の後の山に石像の五百羅漢を造立し、霊鷲山を爰(ここ)にうつす。其形勢(ありさま)中央釈迦牟尼仏、周りに十六羅漢五百の大弟子囲繞し釈尊説法の体相を作る(羅漢の像おのおの三尺ばかり、いづれも自然石をいささか工をくはへ形とす。僧若冲の指麾(しき)と聞こゆ。)≫

 これをみると、石峰寺のみどころが「僧若冲」すなわち伊藤若冲が下絵を描いて彫らせたという五百羅漢であったことがわかります。ところが「都名所図会」には羅漢についての簡単な解説が挿絵に付されているものの、若冲の名はあげていません。若冲が羅漢を制作したのは安永から天明の頃で、同書が出版されたのは安永九年(1780)です。最新の情報として触れるにとどめ、制作者の名を記さなかったのでしょう。
 正徳六年(1716)に青物屋の長男として生まれた若冲は、絵を描くこと以外に興味を示さず、不惑になると弟に家督を譲ります。晩年の若冲は世俗を遠ざけ、出家した妹ともに石峰寺の門前に閑居したといいます。清貧に生き、ただ画筆だけを専らとした若冲は、石峰寺境内の墓地に眠っています。


 本文の解説は次のとおりです。
■瑞光寺
 深草にあり。明歴元年元政上人の草創、法花道場なり。
 本尊釈迦仏(長(みたけ)二尺、胎内に五臓六腑あり。当寺境内の字を薬師堂畑といふ。いにしへ極楽寺の薬師堂の遺跡なり。)
 元政墓(仏殿の西にあり。塚の上に竹をうゆる。元政法師常にたづさへたまふ竹の杖を立てしかば、枝葉しげりしとなり。)
 わが涙 竹にはかけじ 秋の霜  灯外
 鳥の跡 みするや竹に 蝸牛   乙由
■昭宣公墳(しょうせんこうのつか)
 瑞光寺の門前にあり。大塚にして周廻(めぐり)十間余あり。上に小祠あり、三十番神を祭る。
■霞谷(かすみがだに)
 北は宝塔寺の地より真宗院におよび、南は谷口までの惣名なり。
 「玉吟」
 おもひやる 苔の下こそ 悲しけれ 霞の谷の 春の夕暮れ 家隆
 「夫木」
 草深き 霞の谷に はぐくもる 鶯のみや むかしこふらし 鎌倉右大臣
■極楽寺の旧跡
 瑞光寺・宝塔寺の境地なり。保胤が極楽寺の賦に、東山の勝地となることを賞せり。
■宝塔寺
 瑞光寺の北にあり。深草山と号す。
 本尊釈迦仏、多宝塔・高祖日蓮上人の像を安ず。
 廟塔(日像上人書すところの石塔婆あり。この下、日蓮。日朗の遺骨を収む。)
 釈迦千体堂・七面明神社(いづれも本堂の後の山にあり。七面明神の鳥居の額は元政の筆なり。例祭九月十九日。当寺は旧極楽寺にして真言、律を兼ねたり。延慶年中より法華道場と改む。)
■石峰禅寺
 宝塔寺の北に隣る。百丈山と号す。
 本尊釈迦仏(済世法王の額は千呆和尚の筆。左右に聯あり、共に同筆なり。)
 薬師堂(本堂の傍にあり。本尊薬師仏、長四寸、恵心僧都の作なり。)
 表門(額は即非の筆にして高着眼と書す。)
 当寺は黄檗の六世千呆和尚の開基にして、黄檗退院ののちこの地に住職す。近年安永の半より天明の初めに至って、当寺の後の山に石像の五百羅漢を造立し、霊鷲山を爰(ここ)にうつす。其形勢(ありさま)中央釈迦牟尼仏、周りに十六羅漢五百の大弟子囲繞し釈尊説法の体相を作る(羅漢の像おのおの三尺ばかり、いづれも自然石をいささか工をくはへ形とす。僧若冲の指麾(しき)と聞こゆ。)もっとも雨露の覆いなくして山中に充満し、自ら苔むしてその雅なること言語に絶せり。実に無双の奇観といふべし。



 付近の様子を地形図で見てみましょう。
 まず、明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)を見てみます。最も古い測量図で江戸時代の様子を思い浮かべることができると思います。地図の左寄りを南北に伏見街道が通り、左上の稲荷停車場から右下に東海道本線が通っています。鉄道は明治13年の開通です。地図の中央付近、「深草村」の文字の左上の寺院の記号が宝塔寺です。


明治22年陸地測量部地図(仮製地図)
国際日本文化研究センター蔵


 2枚目は、今昔マップを利用して宝塔寺付近を見ています。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの。右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。
 明治22年の地図と見比べると、明治27年に完成した琵琶湖疎水が伏見街道に沿って西側を流れ、伏見の濠川までつながっています。左側の明治42年の地形図には「東海道本線」と表示のある鉄道は、同じところを走っていますが、現在はJR奈良線となっています。東山トンネルが完成したため東海道本線は大正10年に廃止となりましたが、稲荷駅には旧東海道本線の時代のレンガ積みのランプ小屋が残っています。京阪電車龍谷大前深草駅から琵琶湖疎水を渡り、伏見街道を跨ぎ、JR線の踏切を越えて山麓に入ったところに宝塔寺があります。深草駅から北の伏見街道は黄色の表示となっており、京都府道になっていることがわかります。


今昔マップより宝塔寺付近

 3枚目は地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものです。標高20mから5m刻みで色を変えています。
 京阪電車龍谷大前深草駅付近の標高は約30m、宝塔寺の標高は約45m、両者の距離は約500mです。3%程度の勾配の坂を上ったところになります。JR奈良線は35~40mのところを走っています。


地理院地図+自分で作る色別標高図

 今回は、「淀川両岸一覧」の「寳塔寺」をご紹介しました。


〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
 大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw



〇企画展「くらしと漆工」が始まりました

 令和2年12月19日(土)〜令和3年2月14日(日)

 古来より漆は日本人のくらしや文化と密接に結び付いてきました。実用性と美観に優れる漆は、日用品としての食器類をはじめ、ハレの日の装身具や調度、建築装飾に至るまで幅広く用いられており、今日に至るまで日本の伝統文化を支え続けています。
 2001年の開館以来、大阪くらしの今昔館には「住まいの歴史と文化」に関する資料の一分野として、形も用途も様々な漆工品が集められました。
 本展では、それらのコレクションの中から魅力あふれる作品を選りすぐり、漆商いの中心地であった大坂所縁の作品とともに展観します。今昔館では初となる漆工をテーマにした展示を通し、長い歴史と共に育まれてきたその魅力に迫ります。

草花蒔絵引盃
草花蒔絵熨斗形香合
鉄線蒔絵双六盤


〇大阪くらしの今昔館は感染予防に注意して再開しています

 ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などのご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。

 今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・ボランティアによる展示解説(町家衆による町家ツアー)
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ

・スタッフによる展示解説(町家ツアー)を 1 日 2 回実施します。
 お気軽にご参加ください。

【実施】スタッフによるまちの解説(町家ツアー)スケジュール
① 11 時 30 分~(約 30 分)
② 14 時 30 分~(約 30 分)


〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
 今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
 こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf


 このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be


 また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be

⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4



〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
 重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
 こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be



〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
 大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
 こちらからどうぞ。
 ⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf



 大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html


 「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
 「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse


2020年12月15日火曜日

今週の今昔館(245) 藤森社 20201215

〇淀川両岸一覧にみる江戸時代の大坂(25)

 「淀川両岸一覧」は、江戸時代の大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。このシリーズでは、淀川両岸一覧(上り船之部)に沿って、大坂から京都までの淀川左岸(川の流れから見て左側)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「藤森社」をご紹介します。有馬稲荷から伏見街道をさらに北へ、京阪電車に沿って徒歩で京へ向かっていきます。

■藤森社
 岐道(わかれみち)を過ぎたところでちょっと寄り道をして右へ入ると、藤森社の西側の鳥居があります。これが挿絵の鳥居で、鳥居の奥には拝殿が見えています。祭神が武神と言われる当社では、毎年5月5日の祭礼には神前に鎧武者が飾られますが、これが五月人形の始まりとも言われています。

 藤森社は、神功皇后が大陸から凱旋された際、御旗を納め、祭祀をおこなった地であると伝えられています。深草一帯の産土神で、藤森神社のホームページによると、祭神は十二柱あり、本殿中央(中座)に素戔嗚命、別雷命、日本武尊、応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰の七柱が、本殿東殿(東座)に舎人親王、天武天皇の二柱が、本殿西殿(西座)に早良親王、伊豫親王、井上内親王の三柱がそれぞれに祀られています。「都名所図会」の本文には「本朝武功の神を配祀し奉る」とあり、武運を祈願する神社であったことがわかります。

淀川両岸一覧上船之巻「藤森社」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)

都名所図会「藤森社」
(国際日本文化研究センターデータべース)


 「都名所図会」では、藤森神社が鳥瞰図で描かれていますので、境内の様子がよくわかります。絵の右下に南の鳥居、左下に西の鳥居が描かれています。

 藤森神社の祭神のうち、早良親王にまつわるエピソードが「都名所図会」に紹介されています。

≪藤森の祭は毎年五月五日にして、当社の神、蒙古退治の為出陣し給ふ日なり。(中略)世に端午の佳節に武者人形をかざるは、蒙古退治の吉例より始まる。≫

 この「藤森の祭」は、旧暦、新暦ともに五月五日に行われています。早良親王が陸奥でおこった反乱征討に向かう折、ここで武運を祈願し、五月五日に出陣したからです。ゆえに、端午の節句に武者人形を飾るようになったとしています。「蒙古征伐」とあるのは、陸奥の平定をさすとみてよいでしょう。

 また、藤森祭について本文は次のように記しています。

≪例祭五月五日、神輿渡御あり。産子は宵宮より神前に鎧をかざり、祭日は一の橋より稲荷、藤の森にて朝より走り馬あり。いづれも軍陣の行粧をなし、天下平安の祈りとすといふ。≫

 五月五日の祭礼にあわせ、氏子は前夜から甲冑や鎧を神前に飾る。祭りの当日にはそれを身に着けて、伏見街道の一の橋から稲荷、藤森の氏子町を練り歩くのです。現在行われている武者行列のうち「朝渡(あさわたり)」は早良親王、「皇馬(こんま)」は清和天皇、「払殿(ほって)」は神功皇后の軍装を模したもので、これに、「七福神」の列が加わります。
 とくに、「走り馬」とある駆馬神事は人々の耳目を集め、祭のみどころとなっていました。氏子たちは馬を疾駆させながら、さまざまな妙技を披露します。技の数は時代によって変化しますが、手綱潜り、逆乗り、矢払い、横乗り、逆立ち、藤下がり、一字書きの七種が、現在も行われています。

 「都名所図会」の挿絵に当時の駆馬のようすをみることができます。絵の左側、いままさに技を披露しようとする二騎の乗り手は神妙な面持ち。一方の、右側で待機する四騎。烏帽子をかぶった若者たちは緊張した様子ですが、扇を手にした二人は余裕の笑みを浮かべています。まだ祭に参加してまもない若手とベテランの差を、その表情から読み取ることができます。

都名所図会「藤森の祭」
(国際日本文化研究センターデータべース)


 炭太祇(たんたいぎ)に、藤森祭を吟じた発句があります。

 下手乗せて 馬も遊ぶや 藤の森

 乗り手とは異なり、馬には余裕があるというのが、ユーモラスです。


 本文は次のとおりです。
■藤森神社
 墨染の北にあり。
 本殿三座、中央舎人親王、東は早良親王、西は伊豫親王を祭る(舎人親王は天武天皇の皇子にして天平宝字三年に追尊ありて崇道尽敬皇帝と号す。養老年中勅を受けて「日本紀」を撰したまへり。)
 末社(八幡、大将軍、菅大臣、熊野、厳島、諏訪、住吉、広田、蔵王、本社の後に列す)旗塚(本社の東にあり。神功皇后三韓征伐の後、旗を埋めたまふといふ)神楽殿、御供所(ともに拝殿のかたはらにあり)力石(馬場にあり)。
 例祭五月五日、神輿渡御あり。産子は宵宮より神前に鎧をかざり、祭日は一の橋より稲荷、藤の森にて朝より走り馬あり。いづれも軍陣の行粧をなし、天下平安の祈りとすといふ。



 付近の様子を地形図で見てみましょう。
 まず、明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)を見てみます。最も古い測量図で江戸時代の様子が想像しやすいと思います。藤森神社は、前回ご紹介した藤杜岐道の北東に位置しており、東海道に面して南の鳥居、伏見街道に面して西の鳥居があります。挿絵は伏見街道から西の鳥居を見た風景です。 


明治22年陸地測量部地図(仮製地図)
国際日本文化研究センター蔵


 2枚目は、今昔マップを利用して藤森神社付近を見ています。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの。右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。
 明治22年の地図と見比べると、神社東側の茶畑などがあったところが、明治42年には歩兵営となり、その跡地が京都教育大学として利用されていることが読み取れます。神社の境内は多少削られているようですが、南と西の鳥居は今も健在で、どちらからも出入りができます。


今昔マップより藤森社付近

 3枚目は地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものです。標高20mから5m刻みで色を変えてみました。
 京阪電車墨染駅付近の伏見街道・東海道と同じレベルに藤森神社があり、一段上がったところに京都教育大学が位置していることがわかります。さらに高いところをJR奈良線が走っています。


地理院地図+自分で作る色別標高図

 今回は、「淀川両岸一覧」の「藤森社」をご紹介しました。


〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
 大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw



〇次回の企画展は「くらしと漆工」

 令和2年12月19日(土)〜令和3年2月14日(日)

 古来より漆は日本人のくらしや文化と密接に結び付いてきました。実用性と美観に優れる漆は、日用品としての食器類をはじめ、ハレの日の装身具や調度、建築装飾に至るまで幅広く用いられており、今日に至るまで日本の伝統文化を支え続けています。
 2001年の開館以来、大阪くらしの今昔館には「住まいの歴史と文化」に関する資料の一分野として、形も用途も様々な漆工品が集められました。
 本展では、それらのコレクションの中から魅力あふれる作品を選りすぐり、漆商いの中心地であった大坂所縁の作品とともに展観します。今昔館では初となる漆工をテーマにした展示を通し、長い歴史と共に育まれてきたその魅力に迫ります。

草花蒔絵引盃
草花蒔絵熨斗形香合
鉄線蒔絵双六盤


〇大阪くらしの今昔館は感染予防に注意して再開しています

 ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などのご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。

 今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・ボランティアによる展示解説(町家衆による町家ツアー)
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ

・スタッフによる展示解説(町家ツアー)を 1 日 2 回実施します。
 お気軽にご参加ください。

【実施】スタッフによるまちの解説(町家ツアー)スケジュール
① 11 時 30 分~(約 30 分)
② 14 時 30 分~(約 30 分)


〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
 今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
 こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf


 このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be


 また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be

⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4



〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
 重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
 こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be



〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
 大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
 こちらからどうぞ。
 ⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf



 大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html


 「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
 「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
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 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

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2020年12月8日火曜日

今週の今昔館(244) 藤杜岐道 20201208

〇淀川両岸一覧にみる江戸時代の大坂(24)

 「淀川両岸一覧」は、江戸時代の大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。このシリーズでは、淀川両岸一覧(上り船之部)に沿って、大坂から京都までの淀川左岸(川の流れから見て左側)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「藤杜岐道」をご紹介します。有馬稲荷から伏見街道をさらに北へ、京阪電車に沿って徒歩で京へ向かっていきます。

■藤杜岐道(ふぢのもりわかれみち)
 墨染を過ぎると街道筋は北へ折れます。有馬稲荷からしばらく上がると、藤杜岐道に出ます。挿絵は西北から見た風景で、道標に「左 京みち」と刻まれていることからわかるように、右手(南側)墨染の方から上がってきて、直進すれば京の町へ、右へ折れると山科へと向かいます。右へ折れると左手に藤森社の南の鳥居が見えてきます。
 この辺りには旅館、茶屋が並び、伏見街道には人力車、牛車が多く行き交い、年貢米などの荷物を伏見船場から京二条城の米蔵へ積み上げていました。この様子が挿絵によく描かれています。

淀川両岸一覧上船之巻「藤杜岐道」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)


 西国大名が江戸へ参勤交代の際に通行するルートは、大坂の高麗橋から守口、枚方、淀、伏見を経て、京へ入ることなく、伏見街道から東へ分岐して小野、山科追分を経て近江の大津へ入り、江戸へと向かう東街道五十七次を通ることが定められていました。徳川幕府は、天子のおられる皇都に彼らが近づくことを恐れ、このような措置を取ったのです。挿絵はこの「岐道(わかれみち)」、伏見街道と東海道の分岐地点を描いています。
 東南角には「御やど」「一ぜんめし、さけ」の提灯を軒先にさげた店、少し南の墨染から伏見街道の界隈には「旅舎、貨食家(りょうりや)」が軒を連ねていて、大変賑わっていたと本文にも記されています。ここで宿泊するもよし、ちょっと休憩するもよし、あるいは、旅装を解き京に入る身支度をするのにも利用されました。
 「御やど」の前に見える駕籠、傍らに控えるふたりは二本差しです。おそらく御家人クラスの侍が乗っているのでしょう。これから東街道を進むとみえ、駕籠かきたちが草鞋を整えているところです。また、その先、東へ折れたところにも小者を連れた侍がみえます。大名のみならず武家方は特別な用向きがない場合、京の町を避けて通行していたことがわかります。
 絵の左側、中央に木戸が見えます。この先は山道となりますから、こうした木戸を設け、夜間や緊急時には閉めたのです。

絵の上部、賛の発句は次のとおりです。

 梅さくや 伏見は牛の むちにまで  南谿(なんけい)

 作者は橘南谿、伊勢出身の医者です。若くして京に上り、京坂に住まいました。数度の転居を重ね、病を患った折には伏見に居を構えることもありました。伏見は洛中よりも気候が穏やかで、療養には適していたのです。この辺りは江戸時代「梅渓(うめだに)」とよばれる観梅の名所でした。南谿は梅を眺めつつ、この地の陽気を実感したことでしょう。



 付近の様子を地形図で見てみましょう。
 まず、明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)を見てみます。最も古い測量図で江戸時代の街道の様子が想像しやすいと思います。図の赤い丸印が藤杜岐道です。挿絵はこの交差点付近を地図の左上の方から描いた風景です。南から来てまっすぐ進むと京へ至り、右に曲がり、突き当りを北へ進むと山科へ至ります。突き当りを南へ、さらに次の突き当りを東へ進むと宇治に至ります。こちらの方が道幅が広かったようです。江戸時代、藤杜岐道は交通の要衝であったことがわかります。
 地図の右上に描かれている鉄道は「従大津至神戸鐡道」で、現在の東海道本線に当たります。当時は、京都駅を出て東へ直進せずに、大きく南へ迂回して東海道五十七次に沿って走り大津へと向かっていました。京都駅から東へ進む現在の東山トンネルは大正10年(1921)に開通したもので、これによって山科へ直進できるようになりました。京都駅から藤森までの線路は現在はJR奈良線として利用されています。藤森から山科の間の線路は廃止され、線路跡の大半は名神高速道路として利用されています。


明治22年陸地測量部地図(仮製地図)に加筆
国際日本文化研究センター蔵


 2枚目は、今昔マップを利用して藤杜岐道付近を見ています。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの。右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。
 左の地図では東海道五十七次をたどることができますが、右の地図では、市街地化が進み街道を読み取ることが難しくなっています。黄色の線は府道を示しており、ルートは変わってはいますが旧東海道が府道に引き継がれています。
 左の地図の東海道本線が右の地図では奈良線となっています。線路が切り替えされた様子がよくわかります。京都教育大学は歩兵営の跡地を利用していることも読み取れます。

今昔マップより藤杜岐道付近

 3枚目は地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものです。標高20mから5m刻みで色を変えてみました。
 京阪電車墨染駅の北東で伏見街道から東へ分岐する東海道は藤森神社の南を東へ進みJR藤森駅の手前で左折して北へ向かいます。高度がだんだん上がり、山へ入っていく様子が分かります。


地理院地図+自分で作る色別標高図

 今回は、「淀川両岸一覧」の「藤杜岐道」をご紹介しました。


〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
 大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
 こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw



〇次回の企画展は「くらしと漆工」
 令和2年12月19日(土)〜令和3年2月14日(日)
 古来より漆は日本人のくらしや文化と密接に結び付いてきました。実用性と美観に優れる漆は、日用品としての食器類をはじめ、ハレの日の装身具や調度、建築装飾に至るまで幅広く用いられており、今日に至るまで日本の伝統文化を支え続けています。
 2001年の開館以来、大阪くらしの今昔館には「住まいの歴史と文化」に関する資料の一分野として、形も用途も様々な漆工品が集められました。
 本展では、それらのコレクションの中から魅力あふれる作品を選りすぐり、漆商いの中心地であった大坂所縁の作品とともに展観します。今昔館では初となる漆工をテーマにした展示を通し、長い歴史と共に育まれてきたその魅力に迫ります。

草花蒔絵引盃
草花蒔絵熨斗形香合
鉄線蒔絵双六盤


〇大阪くらしの今昔館は感染予防に注意して再開しています

 ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などのご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。

 今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・ボランティアによる展示解説(町家衆による町家ツアー)
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ

・スタッフによる展示解説(町家ツアー)を 1 日 2 回実施します。
 お気軽にご参加ください。

【実施】スタッフによるまちの解説(町家ツアー)スケジュール
① 11 時 30 分~(約 30 分)
② 14 時 30 分~(約 30 分)


〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
 今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
 こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf


 このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be


 また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be

⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4



〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
 重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
 こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be



〇企画展「景聴園×今昔館 描きひらく上方文化」は終了しましたが、紹介動画が公開されています。

 「景聴園(けいちょうえん)」は京都で日本画を学んだグループです。80〜90年代生まれの関西出身の作家5名と企画を担当する2名が所属し、2012年に結成されました。同世代でありながらも異なる制作スタイルを持つ作家たちを中心に、日本画を通して文化と歴史を再考することで絵画のあり方を見つめ、日夜議論を重ねながら制作と発表を続けてきました。第6回目を迎える今回の展示は、大阪での初開催となります。
 大阪くらしの今昔館は、大阪における住まいの歴史を紹介する一環として、江戸時代を中心に近代までの美術・歴史資料を所蔵しています。それらは床の間や座敷で掛軸や屏風として、生活の中を彩るものとして、生活に取り入れられてきました。時代の流れとともに住まいは郊外にうつり、座敷を持たない家も増え、生活の中で日本画に親しむ機会も少なくなってしまいました。しかし現在も、連綿と続いてきた日本画の歴史を継承して学び、絵を描くことについて問いかけながら制作活動をつづける人たちがいます。
 景聴園の作家たちは当館で展示をするにあたり、所蔵品の熟覧を重ねることで大阪の歴史と文化から着想を得て、それぞれのテーマを設けました。本展では、5者5様のアプローチによって描き出された景聴園の新作を中心に今昔館の所蔵品も交えながら、上方で発展してきた都市文化が持つ奥深い世界を展開します。

こちらから企画展の紹介動画をご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=JfeeQ8ShSgo&feature=youtu.be



〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
 大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
 こちらからどうぞ。
 ⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf



 大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html


 「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
 「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse


2020年12月2日水曜日

今週の今昔館(243) 墨染、有馬稲荷 20201202

〇淀川両岸一覧にみる江戸時代の大坂(23)

 「淀川両岸一覧」は、江戸時代の大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。このシリーズでは、淀川両岸一覧(上り船之部)に沿って、大坂から京都までの淀川左岸(川の流れから見て左側)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「墨染 有馬稲荷」をご紹介します。欣浄寺からさらに北へ、伏見街道を徒歩で京へ向かっていきます。

■墨染、有馬稲荷
 伏見の町から京へと向かう旅人は、欣浄寺を出て北に向かい次の墨染町通の角を右へ曲がり、右手に墨染寺を見て東へ進みます。次の伏見街道の角を左へ曲がって北へ向かい、藤森社を右に見て、稲荷社を経て京へと向かいます。

 挿絵は、伏見街道と墨染町通の辻を北西の方角から描いたものです。左の絵の中央寄りに見える鳥居が有馬稲荷。おそらく当時の旅人にとって、辻の南東角にある有馬稲荷はルートの目印となっていました。このポイントを挿絵に描きこむことにより、読者に街道の情報を伝える効果がありました。挿絵の右手前側が墨染通(西)、左手前側が伏見街道(北)となります。

 挿絵右には茶屋らしき建物(揚屋)が見え、客に呼ばれた芸妓が二人門口を入る場面が描かれています。江戸時代ここより南西の界隈には撞木町(しゅもくちょう)という遊里がありました。
 揚屋の東側には有馬稲荷社が、西側には墨染寺が建ちます。神仏に挟まれて遊廓が建つという、この浮世の混沌たる町並みは、街道筋繁栄の証でもあります。

淀川両岸一覧上船之巻「墨染、有馬稲荷」
(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)


 絵には描かれていませんが、揚屋の並びを西へ行くと桜の名所で知られる墨染寺があります。貞観十六(874)年に藤原良房が孫にあたる清和天皇の加護のために貞願寺を建立しましたが、時代の流れとともに荒廃し、豊臣秀吉によって墨染寺として再興されたと言います。
 墨染という名は、「古今集」の上野峯雄(かみづけのみねお)の和歌に因むものです。

 深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染にさけ

 昭宣公藤原基経の死を悼んで詠んだところ、墨染色の桜が咲いたことに由来します。
 本文には墨染の説明に「むかしはこの所までも深草といひて、野辺に桜多かりしとぞ。」とありますが、一方、墨染桜の説明として「堂前にあり。古歌によりて後世うゆる所なり。いにしへの墨染桜はこれよりはるか艮(うしとら)の方なりとぞ。今その古跡詳らかならず。」とあります。
 江戸時代にはすでに初代の墨染桜は絶えており、本堂の前の墨染桜は古歌にちなんで後世に植えられたものとのことです。

 挿絵の左上には賛の狂歌が記されています。

 桜木も およばぬふりの うつくしく 咲くゆふぐれの 墨染のはな 鶏成

 ここにいう「墨染のはな」は撞木町の遊女のこと。いにしえには追悼の意を汲んで詠まれた桜も、江戸時代には遊女の美しさと比較される対象となっていたことがわかります。
 ちなみに、詠者の「鶏成」は「鶏明舎暁鐘成(かねなる)」つまり「淀川両岸一覧」の編著者本人です。「傾城」に音を掛けているのです。

 都名所図会には、伏見墨染の挿絵があり、伏見街道が墨染でクランク状に折れ曲がっている様子が描かれています。北西から見た鳥瞰図で、絵の右手が南、左手が北になります。北から来ると突き当り左側に有馬稲荷神社があります。この絵では十字路ではなくT字路になっています。絵の中央には墨染寺が描かれています。


都名所図会「伏見墨染」
(国際日本文化研究センターデータベース)


 当時の風景を思い浮かべるため、明治22年測量の陸地測量部地図(仮製地図)を見てみます。最も古い測量図で街道の様子がわかりやすいと思います。図の赤い線が京街道(伏見街道)です。墨染寺は図の緑色の丸印。赤い丸印が有馬稲荷があった場所になります。挿絵はこの交差点付近を地図の左上の方から描いた風景となります。当時は、赤丸と緑の丸の間に揚屋が建っていたということです。

明治22年陸地測量部地図(仮製地図)に加筆
国際日本文化研究センター蔵


 2枚目は、今昔マップを利用して墨染付近を拡大しました。左は明治42年陸地測量部地図に治水地形分類図を重ねたもの。右は地理院地図に色別標高図を重ねたものです。地図にある疎水は明治期に築かれたものですから、江戸時代にはありません。右の地図の京阪電車墨染駅の左手に寺院の記号が2つ並んでいますが、上が墨染寺、下が欣浄寺です。左の地図では欣浄寺は表示されていません。駅の右下の交差点の南東角が有馬稲荷が建っていた場所になります。
 右の地図の黄色の線は府道、赤い線は国道を示しています。

今昔マップより墨染付近

 3枚目は地理院地図に自分で作る色別標高図を重ねたものです。標高20mから5m刻みで色を変えてみました。墨染通は西から東へ向かって上り坂となっています。京街道(伏見街道)は墨染付近では黄緑色の標高30~35mの辺りを通っており、それに並行して京阪電車が通っています。伏見から墨染までの京街道は現在は府道となり、府道はそのまま北へと続いています。図の上部中央に寺院の記号が2つ見えますが、上の方が墨染寺です。

地理院地図+自分で作る色別標高図

 今回は、「淀川両岸一覧」の「墨染、有馬稲荷」をご紹介しました。


〇落語家 桂米團治と歩く江戸時代の大坂
 大阪くらしの今昔館の9階常設展示室にある江戸時代(天保年間)の大坂の町並みをご紹介する新しい動画ができました。案内人は上方の落語家、桂米團治師匠です。
〈①表通り編〉
 こちらからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=n1moBJy5uB4
〈②町家の暮らし編〉
こちらからどうぞ。
 https://www.youtube.com/watch?v=dDb2VBmyKnw



〇次回の企画展は「くらしと漆工」

 令和2年12月19日(土)〜令和3年2月14日(日)

 古来より漆は日本人のくらしや文化と密接に結び付いてきました。実用性と美観に優れる漆は、日用品としての食器類をはじめ、ハレの日の装身具や調度、建築装飾に至るまで幅広く用いられており、今日に至るまで日本の伝統文化を支え続けています。
 2001年の開館以来、大阪くらしの今昔館には「住まいの歴史と文化」に関する資料の一分野として、形も用途も様々な漆工品が集められました。
 本展では、それらのコレクションの中から魅力あふれる作品を選りすぐり、漆商いの中心地であった大坂所縁の作品とともに展観します。今昔館では初となる漆工をテーマにした展示を通し、長い歴史と共に育まれてきたその魅力に迫ります。

草花蒔絵引盃
草花蒔絵熨斗形香合
鉄線蒔絵双六盤


〇大阪くらしの今昔館は感染予防に注意して再開しています

 ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などのご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。

 今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ


〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
 今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
 こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf


 このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be


 また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be

⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4



〇【動画】重文茶室「蓑庵」ー構造模型で見る茶室建築の世界
 重要文化財 大徳寺玉林院茶室「蓑庵(さあん)」の実物大構造模型(竹中大工道具館所蔵)を京都工芸繊維大学名誉教授 日向進先生が分かりやすく解説してくださいます。
 こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=tqJEnPZckbc&feature=youtu.be



〇企画展「景聴園×今昔館 描きひらく上方文化」は終了しましたが、紹介動画が公開されています。

 「景聴園(けいちょうえん)」は京都で日本画を学んだグループです。80〜90年代生まれの関西出身の作家5名と企画を担当する2名が所属し、2012年に結成されました。同世代でありながらも異なる制作スタイルを持つ作家たちを中心に、日本画を通して文化と歴史を再考することで絵画のあり方を見つめ、日夜議論を重ねながら制作と発表を続けてきました。第6回目を迎える今回の展示は、大阪での初開催となります。
 大阪くらしの今昔館は、大阪における住まいの歴史を紹介する一環として、江戸時代を中心に近代までの美術・歴史資料を所蔵しています。それらは床の間や座敷で掛軸や屏風として、生活の中を彩るものとして、生活に取り入れられてきました。時代の流れとともに住まいは郊外にうつり、座敷を持たない家も増え、生活の中で日本画に親しむ機会も少なくなってしまいました。しかし現在も、連綿と続いてきた日本画の歴史を継承して学び、絵を描くことについて問いかけながら制作活動をつづける人たちがいます。
 景聴園の作家たちは当館で展示をするにあたり、所蔵品の熟覧を重ねることで大阪の歴史と文化から着想を得て、それぞれのテーマを設けました。本展では、5者5様のアプローチによって描き出された景聴園の新作を中心に今昔館の所蔵品も交えながら、上方で発展してきた都市文化が持つ奥深い世界を展開します。

こちらから企画展の紹介動画をご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=JfeeQ8ShSgo&feature=youtu.be



〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
 大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
 こちらからどうぞ。
 ⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf



 大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html


 「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
 「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html


 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。

「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse