暁晴翁の著述、松川半山の画図による船旅の案内書「淀川両岸一覧」は、文久元年(1861)に刊行され、大坂から京都までの淀川沿いの名所旧跡を挿絵を添えて紹介しています。
淀川両岸一覧(上り船之部)に沿って、約160年前の江戸時代の大坂から京都までの淀川南岸(左岸)沿いの風景を訪ねていきます。今回は「毛馬」をご紹介します。
■毛馬
船頭らは長柄まで引き上げた船に乗り、今度は東岸に寄せます。
この辺りが毛馬の堤で、与謝蕪村の句に
春風や 堤長ふして 家遠し
とあるように、彼の生誕地として知られ、挿絵に描かれた長々と続く川堤に沿って家路を辿(たど)る蕪村のはやる気持ちが、その長さと対照に浮かび上がってきます。二十歳で江戸に下って以来、一度も毛馬に帰郷することがなかった蕪村。「堤長ふ」「家遠し」という表現から、彼の故郷に対する葛藤がうかがい知られます。
東には生駒の山が望め、両岸は平野部で見晴らしはよかったはずです。
菜の花や 月は東に 日は西に
の蕪村の句も、当時の毛馬の情景をよく伝えています。
船はこの堤に沿って、2度目の曳き船となります。
「毛馬」と題する絵は淀川東岸の景色を描いています。これに「赤川」の絵が続きます。毛馬は現在の淀川が大川と分岐する東側にあり、対岸の北長柄村への渡船がありました。赤川は、毛馬のさらに東の淀川沿いにあります。
淀川両岸一覧上船之巻「毛馬」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
毛馬の絵の上部の解説は次のとおりです。
第二度目、此所より上船(のぼりぶね)の水主等(かこら)上がりて赤川まで廿丁の間引きのぼり、夫より船にのりて西堤によせ、柴嶋の三番より上りてさらし堤を平田の番所の前を通り、江口まで凡一里余を引て、江口川を渡るばかりに舟にのり移り、又向ふなる一ツ家村より上り鳥飼堤を引上り、柱本を打こし三嶋江まで凡二里あまり引て、是より舟にのり十町ばかりさし上りて東堤へよする。
此辺にて餅、酒、でんがくの煮うり舟つきて船客にこれをすゝむ。
八軒家を出発した三十石船は、まず桜宮の右岸に寄り、水主たちが岸から舟を長柄まで曳きのぼります。次に陸から船曳きするのが、淀川左岸にわたり毛馬から赤川まで。「第二度目」とあるのはそのためです。その後は右岸の柴島から江口まで、さらに上流の一ツ家から三島江までと続き、東の左岸に移り枚方に着岸しました。こうしてみると、およそ川の流れの内側で船曳きしていたことがわかります。
挿絵にはありませんが、この辺りには煮売船が出て、白餅を串に刺して火で焙り、これに味噌を塗った田楽餅を売っていました。さぞ香ばしい素朴な味がしたことでしょう。
「煮うり舟」については本文にも次のような解説があります。
■毛馬渡口
友淵村の上にあり。東生郡毛馬村より西成郡北長柄村への舟渡しなり。渡の長さ百九十間と云ふ。
■毛馬
右渡場の上にあり。備前島よりこの所まで水上凡そ三十町余。
此所に煮売船ありて酒、餅、汁等を鬻(ひさ)ぐ。すべて其風俗、枚方に同じ。白き餅を串にさし、炙りて味噌をぬりて商ふ。田楽餅とて名物也。
この付近には酒や餅、田楽、汁物など、船客をめあてにした貨食舟があり、そのようすは「枚方に同じ」、いわゆる「くらわんか舟」に似ていたのだとか。
また、本文には、桜宮から毛馬渡口に至る間の土地が紹介されています。
■源八渡口
右さくらの渡しの上にあり。西成郡天満源八町より東生郡中野村への舟わたしなり。ゆゑに中野の渡しとも云ふ。渡の長さ九十間と云ふ。
源八をわたりて梅のあるじかな
■中野
右わたし場の一村なり。すなはち桜の宮は当村の内にして生土神なり。
当村の農家に酒肴を販(ひさ)ぐあり、その塩梅鄙に似ずとて、遊客しばしば賞翫す。なかんづく泥鰌(どじょう)汁をもって名物とせり。もっとも花の頃を始めとして卯月中旬を限りとす。
■滓上江(かすがえ)
中野村の上にあり。当村の五、六町東に鵺墳(ぬえづか)といへるあり。その事実詳らかならず。疑ふらく、いにしへ高貴の人を葬りし塚なるべし。
■母恩寺
滓上江村にあり。法皇山と号す。浄土宗にして女僧住職す。
本尊阿弥陀仏立像、長三尺ばかり、恵心僧都の作と聞こゆ。当寺の尼僧、常に綿帽子を製するを手業とす。その色清白にして美(つや)を好(よく)す。もって名物とし、世に名高し。
■善源寺
滓上江村の上にあり。いにしへは寺院ありしが、今は村名となりて善源寺村とよべり。
■友淵
善源寺村の上にあり。あるいは舳淵とも書けり。
以上、絵では省略されている地名が「○○の上にあり」として、下流から上流に向けて順に紹介されています。
浪花百景にも「毛馬」がありますので、見てみましょう。こちらには「煮うり舟」が大きく描かれています。
■毛馬(芳雪画)
淀川は市中に向かって南下すると、人々は親しみを込めて大川と呼びました。
淀川が中津川を分岐して大きく湾曲するところの左岸に位置する毛馬は、対岸の長柄と毛馬の渡しで結ばれていました。
「淀川両岸一覧」によると、上り船の場合、天満川崎で水主(かこ)数人が上陸し、そこから右岸の木村堤を長柄三頭まで人力で曳き上げ、ここで対岸の毛馬に渡って赤川まで曳き、さらに右岸に渡って柴島(くにじま)から江口まで曳き上げたといわれます。錦絵には、毛馬から赤川へと曳きあげる三十石船が描かれています。三十石船は京へ上るときには1日をかけるという長閑な旅でした。その旅客を目当てに酒や餅を売る煮売り船がたくさん出ていました。
また当地は俳画と俳諧に足跡を残した与謝蕪村の生誕地といわれます。毛馬の堤を詠った「春風馬提曲」には蕪村の望郷の念が偲ばれます。
浪花百景「毛馬(芳雪画)」 (大阪市立図書館デジタルアーカイブ) |
江戸時代天保年間発行の「浪華名所獨案内」、天保8年(1837)発行の「天保新改攝州大坂全圖」では、淀川と中津川の分岐点の左岸に位置する毛馬村は地図の範囲に入っていません。
浪華名所獨案内(「津の清」蔵) |
天保新改攝州大坂全圖(国際日本文化研究センター蔵) |
文化3年発行の増修改正摂州大阪地図を見てみましょう。淀川が中津川と大川に分かれる分岐点の東側(左岸)に毛馬村があります。分岐点から北へ砂洲が伸びており、「三つ頭」の文字が見えます。
増修改正摂州大阪地図(ラムゼイコレクションより) |
大正13年発行の大阪市パノラマ地図は、当時の大阪市域が地図の範囲となっており、大川は都島橋から南が描かれています。淀川と中津川の分岐点の左岸に位置する毛馬村は地図の範囲に入っていません。
大阪市パノラマ地図(大阪くらしの今昔館蔵) |
昭和12年発行の大大阪観光地図を見ると、淀川改良工事によって新淀川が完成し、毛馬閘門が建設されて川の流れが大きく変わっています。この大工事によって毛馬村は新淀川の川底となりました。
洗堰によって市内中心部への水害を防ぐとともに、閘門によって船が新淀川から大川、中津運河の間を行き来することができました。新淀川には長柄橋と新京阪電車(現在の阪急千里線)の橋梁が架けられています。
大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵) |
地形図で確認してみましょう。明治18年の陸地測量部地図を見ると、毛馬村と柴島村の間に中洲があり、その下流部で淀川から中津川が分岐しています。村のまわりは、ほとんどが田畑です。
明治18年陸地測量部地図 (国際日本文化研究センター蔵) |
明治42年陸地測量部地図を見ると、竣工間近の新淀川の姿が描かれ、毛馬の閘門や洗堰が確認できます。毛馬村の大半は新淀川の堤防の内側になり、河川敷や川底となりました。村は堤防の南側に移転することとなりました。
明治42年陸地測量部地図 (今昔マップ3より) |
現在の地形図に、明治20年代の川筋を重ねた地図です。濃い水色が旧淀川、薄い水色が新淀川です。うすい黄色は当時の水田を示しています。川筋が大きく変わったことがわかります。新淀川の堤防の内側の白い部分(毛馬町(四)の北側)が旧毛馬村に当たります。
国土地理院地図(明治時代の低湿地) |
今昔マップ3を利用して、その後の毛馬閘門付近の変遷を見てみます。
左上の明治42年では、新しい淀川の南側に移転後の毛馬村が見えます。そのまわりはほとんどが田畑でした。新淀川に長柄橋が架かっています。
右上の昭和4年では、毛馬町の東に天満織物工場ができ、新設された道路沿いに家屋が並び、市街地化が始まっています。淀川に毛馬橋が架けられ、友渕町にも鐘紡工場や家屋が見えます。城東貨物線が通り、赤川鉄橋が架けられています。長柄橋と並行して新京阪(現在の阪急千里線)が通っています。
明治41年から最近の地形図 (今昔マップ3より) |
左下の昭和22年を見ると、毛馬町と友渕町の間に城北運河が建設されています。
右下は最近の国土地理院地図ですが、新淀川に淀川大堰ができ、毛馬の閘門が改修されています。毛馬橋が拡幅され城北公園通が通っています。城北運河の上空を阪神高速道路森小路線が通っています。
現在の毛馬閘門付近の状況を写真で見てみましょう。1枚目は現在の新淀川の堤防、ここから下流は禁漁区となっています。右後方に毛馬閘門が見えます。2枚目は堤防上にある与謝蕪村の句碑「春風や 堤長うして 家遠し」です。蕪村生誕地の石碑もあります。3枚目は、現在の毛馬閘門です。
現在の新淀川堤防、右後方に毛馬閘門 |
与謝蕪村の句碑 |
現在の毛馬閘門 |
現在の毛馬閘門の西側(下流部・大川右岸)に、明治42年の淀川大改修の際に建設されたかつての毛馬閘門が土木遺産として保存され、重要文化財に指定されています。
かつての毛馬閘門 |
かつての毛馬閘門 |
かつての毛馬閘門 |
毛馬閘門の下流部(大川左岸)に蕪村公園があり、公園内の遊歩道に沿って蕪村の句碑が配置されています。
蕪村公園 |
蕪村公園の句碑 |
蕪村公園の句碑 |
城北運河に架かる歩行者自転車専用橋には、蕪村に因んで「はるかぜ橋」の名前が付けられています。
はるかぜ橋、左後方に毛馬閘門 |
はるかぜばし |
今回は、「淀川両岸一覧」の「毛馬」をご紹介しました。
〇大阪くらしの今昔館は6月3日(水)から開館しています
再開にあたっては、十分な予防対策に努めてまいります。これに伴い、ご来館のみなさまにも、体温検査やマスクの着用などの入館並びに観覧時にご協力いただくことがございます。たいへんご不便をおかけしますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。なお、詳しくは、こちらをご確認ください。
今昔館では、当面の間、以下の催し物の開催を中止しています。
・町家ツアー(ボランティア等による展示解説)
・着物体験
・上方芸能・文化体験(町家寄席、お茶会など)
・町家衆による各種ワークショップ
・ギャラリートーク、講演会
〇企画展「大阪くらしの今昔館所蔵品展『歳時記と祝い事』」は、7月23日から開催しています
令和2年7月23日(木・祝)~9月6日(日)
大阪くらしの今昔館ではこれまで、住宅や建築に関する歴史資料、祭礼や年中行事に関する絵画資料など、大阪の伝統的な建築文化および歴史文化を伝える資料の収集に努めてきました。本展ではこれまでに収集した館蔵品の中から「歳時記」と「祝い事」に関連する絵画資料、染織資料、工芸品、節句飾りなどを展示します。
季節にあわせて飾られた掛軸や屏風、節句飾りや年中行事に用いられた漆器、贈答用の袱紗、通過儀礼の際に身に纏った宮参りや婚礼の衣装など「ハレの日」を彩った100点余りを選びました。 五節句や年中行事、人の一生の節目にあたる儀礼など、大阪の人々が大切に守ってきた生活文化に触れていただきます。
住吉をどり 菅楯彦 |
浪花行事十二月 七夕月 二代長谷川貞信 |
花嫁衣裳 扇面四季花鳥模様振袖 |
花嫁衣裳 揚羽蝶円紋金襴菱木打掛 |
雛飾り台所道具 |
〇江戸時代の疫病退散-天神祭の宵宮飾り
本来ならば、7月24日は天神祭の宵宮、25日は本宮でした。
今年の天神祭は、新型コロナウィルス対策のため、神職による神事のみの開催になり、陸渡御・船渡御・奉納花火はありませんでした。
天神祭は元々は疫病退散を願う年中行事でしたから、コロナの禍中の今こそ大切な行事です。
大阪くらしの今昔館の近世常設展示室(江戸時代のフロア)では200年前の天神祭の宵宮飾りと疫病退散にまつわる展示を行っています。
御迎人形「酒田公時(金太郎)」(大阪天満宮蔵) 疫病神(疱瘡神)は赤色を 嫌うと信じられていました |
流行り病に打ち勝つ! 鍾馗さんや神農さんの掛軸を飾る 呉服屋での展示の様子 |
コレラ退治の虎 張子の虎が、店の表で 皆さんをお出迎え |
〇【動画】江戸時代の疫病退散 -今昔館の天神祭
こちらからご覧ください。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=eOBkOPeM5MU&feature=youtu.be
〇大阪くらしの今昔館の紹介動画
今昔館の江戸時代のフロアをご紹介する動画は4編あります。全4編の目次はこちらからどうぞ。
こちらから、見たい部分だけを見ることができます。英語の字幕入りの動画を見ることもできます。
⇒http://konjyakukan.com/link_pdf/what's%20this%20.pdf
このほかに「天神祭となにわの町」をご紹介する動画があります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=3or8fq4U8zE&feature=youtu.be
また、今昔館の近代のフロアをご紹介する動画が2編あります。
⇒https://www.youtube.com/watch?v=SbqzmybwKss&feature=youtu.be
⇒https://www.youtube.com/watch?v=EohP-xqrOi4
〇「今昔館のオンライン まなびプログラム」が公開されています
大阪のまちと住まいや くらしのことを おうちで学んでみませんか?
こちらからどうぞ。
⇒konjyakukan.com/link_pdf/今昔館のオンラインまなびプログラム.pdf
大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。
≫ http://konjyakukan.com/index.html
「今週の今昔館」の第1回から第52回までは、「古地図で愉しむ大阪まち物語」に掲載しています。
「今週の今昔館」の第1回はこちらからご覧ください。
≫ http://osakakochizu.blogspot.com/2016/08/blog-post_5.html
「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。
≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse
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